エレミヤ6章 魂に安らぎを得よ
主はこう言われる。
「さまざまな道に立って、眺めよ。
昔からの道に問いかけてみよ
どれが、幸いに至る道か、と。
その道を歩み、魂に安らぎを得よ。」(エレミヤ6:16)
「魂に安らぎを得る」、「魂に憩いを得る」、これは、古今東西人間が求めてきたものです。そのために多くの宗教により、さまざまなことが提唱されてきました。問題は、まことの神のもとに安らぐかです。
エレミヤの時代、ユダの民は神を信じないで背を向け、他のところに心の拠り所を得ようとしていました。神は、その民にご自身に立ち帰り、ご自身の言葉を信じて「魂に安らぎを得よ」と、語りかけられました。しかし、ユダの民たちは神の言葉に耳を傾けませんでした。
ところで、日本には「触らぬ神に祟りなし」という諺があります。多くの日本人は、神との関わりにおいて「神のもとに行き、安らぎを得る」、また、「安らぎを得ることができる」ということ自体に疑いをもつ民族性を受け継いでいるようです。
しかし、イエス・キリストは「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタ11章28節)と招いていてくださいます。
真の安らぎを与えようとしておられる「まことの神」は、皆さんがご自身のもとに来るのを心待ちにしています。
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