「聖なるわたし自身にかけて
わたしはひとつのことを誓った
ダビデを裏切ることは決してない、と。」(詩編89:36)
神はダビデを選んでご自分の僕とし、イスラエルの王とされました。その選びと契約は永遠のものだ、と神はご自身にかけて誓い、王とイスラエルに対する憐れみを示されました。神の民が生きる活力は、「契約」という生ける神との緊密な関係の中にあります。
ところが、神の約束に守られて揺らぐはずのないものが、揺り動かされることがあります。ダビデの王座が覆され、国は滅びます。当然と思ってきた恵みが取り去られます。死に脅かされた人の命の儚さを思い知ることになります。
そこで、神の誓いの真実があらためて問い返されます。人の側の努力には限界があり、人は契約に対しては無能です。私たちの信仰にも揺らぎが生じます。神の慈しみと真実への疑いも生まれます。
しかし、神の真実な誓いが、選びの民を見捨てることは決してありません。この誓いは、イエス・キリストの十字架という神の真実に至って、揺るぎないものになります。民を苦境の中に見捨てることのない神の真実に感謝します。
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