おはようございます。綱島教会牧師、小宮山裕一です。
ある人が、愛について考察を重ねた本を書きました。エーリッヒ・フロムという人が書いた「愛するということ」という本です。この本の有名な主張は、愛するということを身につけることができる、そう言っている点です。
確かに、人は愛するということを、育つ中で身につけていくのかもしれません。親の愛情が子どもの養育に様々な影響を与えることはよく知られています。愛というものは、生まれながらに備わっているセンスではなく、様々なことを体験する中で育てていく感情なのです。
それではどうやってこの愛を学んでいけばよいのでしょうか。人を通して愛を知ることもあるでしょう。しかし、なんといっても聖書が伝える神。この神様の姿を通してしか、私たちは本当の愛を知ることはできません。神の愛とはなんでしょうか。それは、愛するその独り子をこの世界に送ってくださり、このお方を十字架にかけてくださることによって示されました。このお方こそ、イエス・キリストです。神と人の隔たりを埋めるために、神様はキリストをこの地上にお送りくださり、十字架におかかりになりました。それは犠牲を伴う愛であり、なんとしても人々を救いたいと願う神の思いの現れです。
愛するということは、生涯かけて身につけていくものかもしれません。その第一歩として、神の愛に目を向けていただきたいと思います。誰かを愛する歩みは、神に愛されることによって始まるのです。