ごきげんいかがでしょうか。草加松原教会の川杉安美です。
私たちは何か奇跡的なこと、異常なことが起こると神様が働いた。そうでないと神様は何もしていない、ただ自然の法則通りに動いている。そういうふうに考えないでしょうか。どうもそれは近代になってからのようです。自然科学でいろいろな研究をすることと、神様のこととが分離してしまったようです。
それまでは、自然科学で色々な研究をして分かってくると、そこにある法則性とか秩序とか色々なことに驚かされ、それを創造した神様は素晴らしいというふうになっていました。ところがだんだん神様のことから離れてくると、自然科学で明らかになる法則自体に関心がとどまるようになってしまったようです。
そうすると、普段と違う奇跡的なこととか、普通の法則ではない異常なことが起こると、神様が働いた、奇跡を起こしてくださったと言うようになります。そうでないと神様は働いていなくて、ただ法則通りに動いているだけだ、というふうになってしまいます。私たちもそういう考え方の中にあるのかもしれません。
しかし、旧約聖書詩編19編2節から5節に次のように記されています。
「天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。昼は昼に語り伝え 夜は夜に知識を送る。話すことも、語ることもなく 声は聞こえなくても その響きは全地に その言葉は世界の果てに向かう。」
そう、この世界とその営みに、神様の御業が豊かに示されているのです。