いかがお過ごしでしょうか。国立聖書教会の野島邦夫です。
欺きという言葉でひとくくりにできる諸悪があります。それは「いかにも本当らしく見せかけて、聞く相手・見る相手・接する相手に、本当ではないのに本当だと思わせる」ことで、虚偽、偽り、ウソ、偽証、だますこと、ごまかし、偽善、見せかけ、詐欺などの言葉がすぐに思い浮かびます。この悪事は私たちの心の深い所に根を持っているように見えます。つまり深刻な罪です。少し考えましょう。
まず、言葉による欺きであるウソを考えます。人はなぜウソをつくのでしょうか。様々な動機があります。軽く遊び半分でつくウソがあります。不確かな噂を不注意に、無責任に言いふらすウソがあります。
一寸くらいはと思われるかもしれませんが、聖書にはわざわざ「根拠のない噂を流すな」(出エジプト23:1参照)と書いてあります。ウソが悪質化すると詐欺になります。オレオレ詐欺はじめ、特殊詐欺が今大問題ですね。要するに非合法な金儲けのためです。
そこまで行かなくても、私たちは一寸した利益やメンツのために、なんとしばしばウソをついていることでしょうか、あるいはつきそうになるでしょうか。そして人を害します。
聖書でも繰り返し戒められます。例えば「彼らののどは開いた墓のようで、彼らは舌で人を欺き、その唇には蝮の毒がある。」(ローマ3:13・私訳)
ウソをつくのは、罪人の本性かもしれません。