ご機嫌いかがですか。千葉県の八千代市にあります勝田台教会の牧師をしております、坂井孝宏と申します。
最近は、「努力」とか「根性」とかっていう言葉は、あまり好まれていないかも知れません。考えてみると、聖書にもそうやって翻訳される言葉っていうのはないですね。クリスチャンの人は、「がんばる」とか、「がんばって!!」っていう言い方、あんまりしないようにも思います。それは、きっとですね、全てが神様の恵みであって、自分で頑張って成し遂げるものじゃないんだ、恵みによって成し遂げさせていただくものだって信じてるからです。
でも、だからって言って、クリスチャンががんばらないわけじゃありません。私の友人や先輩たちには、大変な努力家や根性の持ち主っていうのが多くいまして、決して最後まであきらめないで、手を抜かないで、自分にできることをやりとげようとするんですね。そういう努力を支えているのは、神への信仰だと思います。私たちの地上における営みは決して無駄には終わらないって信じてるんです。
罪人である人間には限界があります。がんばってもできないことがあります。でも神は、私たちの思いを超えて、必ず最もよい道を備えてくださいます。そうやって信じてるんです。そういう神様に全部の結果を「ゆだねる」からこそ、がんばることもできるんだと思います。
詩編の55編23節を読みましょう。
「あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたを支えてくださる。主は従う者を支え、とこしえに動揺しないように計らってくださる。」