綱島教会の小宮山裕一です。
旧約聖書に、エレミヤという人物がいます。私はこのエレミヤがあまり好きではありませんでした。なぜならば、この人はいかんせん、文句ばっかり言っているように感じたからです。ネガティブな人です。友達にはあまりしたくないタイプの人です。
そんなエレミヤなんですが、聖書が記す彼の様子を丁寧に読んでいくときに、嘆くのも仕方が無いかなぁと思うようになりました。エレミヤは人々に神様のメッセージを伝えました。しかし、人々はエレミヤを攻撃します。エレミヤは人々に近づきますが、人々はエレミヤを拒絶します。エレミヤは孤独になり、そして真実を語らなければならないというプレッシャーにより、自信を失ったのです。
エレミヤはますます不平不満を語りますが、そのようなエレミヤに神様はこのようにいわれました。エレミヤ書の15章19節です。
「もし、あなたが軽率に言葉を吐かず、熟慮して語るなら、わたしはあなたを、わたしの口とする。」
この言葉の意味ですが、神はエレミヤに対して、軽々しく不平を語るのではなく、もっと語るべきことがらに集中しなさい、というのです。エレミヤは神様について語るようにと求められていましたから、エレミヤはその働きにもう一度、立ち返ったということです。
不平不満をいうことは大切なことです。しかしながら、自分が本来行うべきことに目を向けることができないのであれば、それはとても残念なことです。神様はあなたに、尊い使命を与えているのです。