いかがお過ごしですか。船橋高根教会の牧師の小峯明です。
わたしたちは誰のものでもありません。会社員は会社の所有物ではありません。しかし、しばしば会社組織にのみこまれて、家畜ではなく社畜と呼ばれてしまうこともあるかもしれません。親は子供を愛するあまり、自分の所有物のように考えて何かと干渉するかもしれません。
聖書には「あなたがたはキリストのもの」という言葉があります(1コリント3:23参照)。キリストがわたしたちを所有しているとはどういうことでしょう。
今は奴隷制度もなく、わたしたちは自由人として生きています。けれども実は、わたしたちは聖書によると、死の力に支配され、死の原因である罪の奴隷とされています。けれども、そのことを知らずに生きているので、自分の主人は自分であると思い込んでいます。そしてやがては病か事故か、様々な理由で私たちは墓に入ります。墓に入ると二度と出ることはできません。
そのような罪と死の奴隷であった私たちを助けるために、イエス様は来てくださいました。そして、イエス様はわたしたちの身代わりとして十字架にかかってくださり、わたしたちの犠牲となってわたしたちを買い戻してくださいました。
こうしてわたしたちは、イエス様を信ずると、イエス様に買い戻されてイエス様のものとされます。その時にわたしたちは、体も魂も、生きるにも死ぬにも、イエス様のものとされます。イエス様が復活されたように、わたしたちもイエス様のものとされているので復活をいたします。
わたしたちは決して失われることはありません。イエス様を主人として生きると、わたしたちには確かな平安と慰めがあるのです。