おはようございます。綱島教会の小宮山裕一です。
皆様はスポーツはお好きでしょうか。スポーツの秋を迎えております。外にでて体を動かすにはちょうど良い季節になりましたね。
多くのスポーツがありますが、ウォーキングやジョギングをしている方をよく見かけます。それぞれのペースで走ったり歩いたりしています。また、最近は短距離の選手が注目されています。100メートルをスタートからゴールまで走りきる姿に多くの人は興奮をおぼえます。
聖書には、あるものが走る、といわれています。しかも速やかに走るといわれています。とてもおもしろい表現です。何が走るのかといいますと、それが御言葉です。御言葉とは神様の言葉であり聖書が伝えている言葉です。
御言葉は速やかに走る(詩編147:15)。言葉が走るなんてありえませんので、もちろんこれは一つの比喩です。このところでいわれているのは、御言葉には命があり、その命が躍動する様子です。100メートルの選手のように。また、芝生をうれしそうに走る犬のように。神様の言葉は走る。躍動するのです。
速やかに走る。この躍動する命が聖書にはあふれています。神の愛が私たちに注がれる時、私たちは走り始めます。その走りはマラソンのように孤独なものでも、100メートル走のように速さを競うものでもない。そこにあるのは神様とともに走る、幸いな走りです。
スタートラインは皆様の足もとにあります。御言葉の命に押し出され、走り出しませんか。位置について、ヨーイ、ドン。