おはようございます。ごきげんいかがでしょうか。新所沢教会の長田詠喜と申します。
今日も神様について、聖書が語っていることを見てまいりましょう。
聖書では、神様を王様になぞらえることが少なくありません。神様自身を王様になぞらえるだけでなく、天国を神の国、神の王国と呼んだりいたします。神様が私たちを王として支配してくださることが、私たちにとって救われた幸いな状態であるというのです。
現代の常識からいうと、私たち人間は誰か他の人に支配されるのではなく、自分のことを自分で決めて振る舞うことができるのが一番幸いな状態であるということになっています。誰か他の人に支配され、他の人に従わなければならないのは良くないこととされるのです。
けれどもそれは、人が人に支配される時のことです。人間の支配者はたとえどんなに優れた人であっても、私たちを本当に幸せにしてくれるわけではありません。けれども神様は違います。神様は私たちにとって何が最も善いことであるか、私たちがどうすれば幸せであるかということを、私たちよりもずっときちんとご存知です。私たちが自分で考えて、自分自身にとって最も善いと思われるものを選んだり、最も善いと思われる判断をするよりも、神様の判断に従ったほうがよほど善い結果をもたらすのです。
さらに神様は国民を敵から守ってくださるのです。私たちの人生のあらゆる敵から、神様は私たちを守ってくださいます。この王様の国に生きる限り、私たちは幸いなのです。
聖書を読みます。詩編59編2節
「わたしの神よ、わたしを敵から助け出し、立ち向かう者からはるかに高く置いてください。」