おはようございます。盛岡教会の久保田証一です。今日も、聖書の御言葉に耳を傾けましょう。
今日は、詩編36編8節1行目の、神への呼びかけの言葉です。
「神よ、慈しみはいかに貴いことか。」
聖書には神のことが沢山書かれていますが、神がどんな方かということを語るのに欠かせない言葉があります。それは、「慈しみ」です。
先ほどの詩編の「慈しみ」は、愛、憐れみ、恵み、などと訳されることもあります。とても深い言葉です。
この言葉は、実はとても力強い面のある言葉です。私たち人間と救いの約束を結んでくださった神が、その約束に忠実であって、必ず約束を実現してくださる、ということを示しているのです。
そしてこれは、決して変わらない神の愛のしるしでもあります。神は、その独り子であるイエスさまを私たちのために救い主としてお遣わしくださって、その慈しみを豊かに現わしてくださいました。
そればかりか、弱い私たちを日々助け、導き支えてくださいます。私たちは、気がつかなくても、私たちは日々神の慈しみにあずかっています。この慈しみは本当に貴いものです。私たちにはもったいないほどのものです。
神の慈しみにより頼むならば、神の慈しみが本当に豊かに私たちに注がれていることをもっと良く知ることができます。共にこの貴い慈しみにあずかろうではありませんか。