熊田なみ子のほほえみトーク 2015年2月24日(火)放送

熊田 なみ子(スタッフ)

熊田 なみ子(スタッフ)

小さな朗読会186「神はその民を守られる」
(「母と子の聖書旧約下」83章)

 アハブは死にましたが、その妻イゼベルはまだ生きています。その息子アハジヤが、今度はイスラエルの王になりました。その父や母に似て、この王も悪い王で、神様を礼拝しないで異教の偶像バアルに仕えました。アハジヤはわずか2年間だけ王でした。彼は自分の宮殿の二階の窓から落ち、ひどいけがをしました。そして、自分が治るのか死ぬのか、知りたいと思いました。彼は子供の時から偶像を拝むことを教えられていたので、神様に聞いてみようと考えもしませんでした。彼は、自分が治るかどうかを尋ねるため、バアル・ゼブブという偶像の置かれているペリシテの町の一つに使者を送りました。
 神様は、アハジヤに対して怒られました。使者たちは出発して間もなく厳格に見える一人の老人に会いました。それは神様に遣わされた預言者エリヤでした。彼は使者たちにつかつかと近づき、「なぜ、バアル・ゼブブに尋ねにいくのか。主人のもとにかえって、『あなたがバアル・ゼブブに尋ねようとしていくのは、イスラエルに神がないためか。偶像を礼拝する罰としてあなたは必ず死ぬ』と言いなさい」と言いました。
 使者は、病気の王のもとに戻って行きました。「なぜ帰ってきたのか」と王は尋ねました。彼らは、「一人の人に会いましたが、彼は、私たちを遣わした王の所に戻り、『あなたがバアル・ゼブブに尋ねようとして人を遣わすのは、イスラエルに神がないためなのか。このためあなたは治らず必ず死ぬ』と言うように命じました」と答えました。この恐ろしい言葉を聞いたとき、病気の王は、これが何度も災いのメッセージをもって自分の父親のもとに尋ねてきた、あの恐ろしいエリヤではないかと思いました。それがもしエリヤなら、エリヤの預言は必ず成就するので、自分は必ず死ぬ、と知っていました。
 「彼はどんな人だったか」と王は尋ねました。「その人は毛衣を着て、腰に皮の帯をしめていました」という答えでした。アハジヤ王は、その不思議な人がエリヤであるに違いないと思いました。そして、イゼベルと同様に彼を殺そうと思いました。彼は五十人の兵を連れた長に、エリヤを探して宮殿に連れて来るように命じました。悪い知らせを持ってきた罰を下すためです。五十人の長は、エリヤが山の頂に座っているのを見つけました。「神の人よ、王があなたに、下ってくるようにと言われます」と彼は呼びました。

 エリヤは、王が自分を殺そうとしているのを知っていました。イゼベルも同じことを何度も試みたものです。彼は五十人の長に「私がもし神の人であるならば、火が天から下って、あなたと部下の五十人とを焼き尽くすでしょう」と答えました。驚いた五十人の長が何をするまもなく、神は天から火を下し、王の兵隊たちを焼き尽くしました。これを聞いたアハジヤは、大能の力のまえにひれ伏したでしょうか。いいえ、彼は神様の力を認めようとしません。彼がもしヘテ人であったとか、ペリシテ人であったとすれば、これは大して不思議ではないでしょうが、彼は父の血統からすればイスラエル人です。
 アハジヤは、エリヤを捕まえ拷問にかけて殺すためにもう一人の五十人の長とその部下をやりました。この隊長も「神の人よ、王がこう命じました。『すみやかに下ってきなさい。』」と言いました。エリヤは、「私がもし神の人であるならば、火が天から下って、あなたと部下の五十人とを焼き尽くすでしょう。」と言いました、今度もまた、神様は、主の為に立って生命の危険をおかしてまでも罪深い王を叱責したこの忠実な預言者を守られました。神様は再び天から火を下されました。
 アハジヤは諦めませんでした。彼は三人目の隊長と五十人の部下をやりました。ところがこの長は王と違ってイスラエル人の神様を恐れていました。彼はエリヤに近づくと跪き、自分と五十人の部下の生命を助けてくれるように頼みました。神様はエリヤに、この人と一緒に行くようにと言われましたので、エリヤは病気の王の所に行きました。彼は寝室に入って王に、「あなたはイスラエルの神に求めないで、偶像に病気が治るかどうか尋ねたので、二度と寝台から降りることなく必ず死ぬでしょう」と断固として言いました。まもなくエリヤの言葉は成就し、アハジヤ王は死にました。彼に男の子がなかったので兄弟のヨラムが王になりました。

 アハブ王の死後、ヨシャパテは自分の国に帰りました。彼は、主を礼拝するように人々に勧めながら、国中を歩きました。彼は主な町に裁判人を置き、彼らに人のためでなく神のために裁くのだから、公正であるようにと注意しました。
 それからしばらくして、ヨシャパテに「モアブ人、アンモン人、エドム人の大軍が攻めに来ます。彼らはもうエンゲデまで来ています」と告げに来た人たちがいました。そこは、「山羊の岩」と呼ばれる死海の西にある荒れた石地で、ダビデがサウルから隠れた所です。ヨシャパテは、主に助けを祈り求めました。彼はユダの全国に断食をふれさせました。国の民―男はもちろん女も子供も―エルサレムに来て神殿の前に立ちました。王は神殿の庭に立ち、天を仰いで手を挙げ神に祈りました。

 神様はカナン人をご自身の民の前から追い払い、イスラエル人に永久にその土地を与えられました。そしてもし、悪い事態が起こった時、彼らが宮の前に立って主に呼ばわれば神様はその祈りに耳を傾けて助けると約束しておられました。
 ここで、大きな困難が降りかかってきたのです。ヨシャパテは、神様が共にいてくださるのでなければとても近づいてくる大軍に勝てないと知っていたので神様の助けを求めました。みなが祈っている時、主の霊が一人のレビ人に下りました。神様は、そのレビ人に、民はみな敵と戦うために出かけるべきだが、神様が彼らに代わって戦ってくださると言え、と語られました。ヨシャパテは跪き頭を下げました。群衆は主を礼拝し、祭司たちの何人かは、立って歌い始めました。
 翌朝、民は早く起きて、やってくる大軍を迎えて荒野に出て行きました。前には歩きながら神を賛美する大合唱隊が行進しました。イスラエル人と戦うためにやってきた大軍は、三つの国民、すなわちモアブ人、アンモン人、エドム人から編成されていました。イスラエルの民が歌い始めると、主は、モアブ人とアンモン人がエドム人に立ち向かうように仕向けられました。彼らはエドム人を滅ぼした後、今度はお互い殺し合いを始めました。

 荒野に物見やぐらがありました。そこにつくとイスラエルの民は、敵がどこにいるかを見るためそこに登りました。すると全く驚いたことに、どこもかしこも死体だらけで生きた人は一人として見当たりません。イスラエルの民は、たくさんの富や宝石を見つけました。見つかった宝を持ち帰るのに3日もかかりました。4日目に彼らは集まって、この素晴らしい神様の御業を主に感謝しました。敵が滅ぼされただけでなく、彼らは出かけてきた時よりも豊かになって帰って来るのです。
 ヨシャパテ王を先頭に、イスラエルの民はラッパの凱旋の響き、竪琴や琴の美しい音に伴われ、喜びのうちにエルサレムに戻ってきました。もちろん、ユダの民の素晴らしい勝利の知らせは、周囲の国々にみな伝わりました。異教の国々は、主がイスラエル人の敵とどのように戦われたかを聞いて恐れました。神はこの国に平和を与えられました。

 ヨシャパテは25年間ユダを治めました。彼はその父アサのように、主の目に正しいことをしました。とうとう死ぬ時が来ました。彼は先祖と共に眠り、一緒にダビデの町に葬られました。彼の代わりに息子のヨラムが治めました。

 悲しいことにヨラムは大変悪い人また悪い王でもありました。王になると直ぐに、彼は自分の六人の兄弟と、ユダの司たちを何人か殺しました。これは、自分の王位を彼らに奪われる危険をなくすためでした。なぜヨラム王は、自分の父であった善良なヨシャパテ王を真似ないで、悪いアハブ王にならったのでしょう。それは、アハブの娘を妻にめとったからです。

 皆さんはヨシャパテがアハブ王を一度訪問したことを覚えているでしょう。その時、彼はこの若い息子を一緒に連れて行ったのです。ヨラムはアハブの美しい娘、アタリヤを見て恋しました。彼女がその母親と同じように悪い女だとは知りませんでした。ヨラムは彼女と結婚しエルサレムに連れて帰って来ました。悪いイゼベルがアハブ王に影響を及ぼしたように、アタリヤはヨラムに影響を及ぼしました。彼は偶像礼拝者になり、もっと悪いことに、ユダの民にも偶像礼拝を強制したのです。アハブ王に何度も警告を与えた老預言者エリヤは、ヨラム王に手紙を書き、神様に罰せられないようにと警告しました。
 ヨラムが偶像を礼拝したため、神様は周囲の国々が彼を困らせることを許されました。ペリシテ人とアラビヤ人が国に侵入してきました。彼らは、エルサレムに入り、王の宮殿まで奪いました。彼らは、手当たり次第いいものをみな奪って行きました。彼らはヨラムの妻や子も奪い、末の子だけが一人残されただけです。ヨラムはとうとう病気になり、2年間苦しんだ後死にました。彼は悪い指導者だったので、誰もその死を悼みませんでした。彼はエルサレムに葬られましたが、王たちの墓にではありません。

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