聖書を開こう 2014年6月26日(木)放送    聖書を開こう宛のメールはこちらのフォームから送信ください

山下 正雄(ラジオ牧師)

山下 正雄(ラジオ牧師)

メッセージ: イエスの兄弟たちの無理解(ヨハネ7:1-9)

 ご機嫌いかがですか。キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。

 「灯台下暗し」ということわざがあります。明かりをともす燈明台の真下が暗いことから、身近なことはかえってわかりにくいという意味に使います。きょう取り上げる個所には、イエス・キリストの兄弟たちが登場します。イエスの身近で一緒に育ったのですから、さぞかしイエス・キリストに対する理解が深いと思われがちですが、どうもそうではなかったようです。

 それでは早速今日の聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は新約聖書 ヨハネによる福音書 7章1節〜9節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。

 その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。ユダヤ人が殺そうとねらっていたので、ユダヤを巡ろうとは思われなかった。ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。イエスの兄弟たちが言った。「ここを去ってユダヤに行き、あなたのしている業を弟子たちにも見せてやりなさい。公に知られようとしながら、ひそかに行動するような人はいない。こういうことをしているからには、自分を世にはっきり示しなさい。」兄弟たちも、イエスを信じていなかったのである。そこで、イエスは言われた。「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている。世はあなたがたを憎むことができないが、わたしを憎んでいる。わたしが、世の行っている業は悪いと証ししているからだ。あなたがたは祭りに上って行くがよい。わたしはこの祭りには上って行かない。まだ、わたしの時が来ていないからである。」こう言って、イエスはガリラヤにとどまられた。

 先ほどお読みした個所には、イエスの兄弟たちが登場していました。新約聖書がイエスの兄弟たちについて言及するのは、ここだけではありません。たとえばマルコによる福音書の3章31節には「イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた」と出てきます。同じマルコによる福音書6章3節には、イエスにつまずいた故郷の人々が「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」とつぶやいて、兄弟たちの具体的な名前まで挙げています。

 もっとも、ここでいう「兄弟たち」が、文字通りイエスの後にマリアから生まれた弟たちのことを言っているのか、それともヘブライ語の「兄弟」を表す単語が、広い血縁関係をも指すことから、イエスの近親者たちを指しているのか(創世記29:15参照)、意見の分かれるところです。
 あえて実の弟たちではない可能性にこだわらなければならない理由がないのであれば、ここは文字通りの兄弟と理解するのが自然でしょう。

 さて、きょうの個所の冒頭には、イエス・キリストがガリラヤに留まって、ユダヤには行こうとしない理由が述べられます。それは、ユダヤ人がイエス・キリストを殺そうとしていたからです。
 さかのぼること、このヨハネ福音書の5章には、ベトザタ池での病人の癒しのあと、ユダヤ人たちは安息日に行われたこの奇跡を巡ってイエス・キリストと議論を戦わせ、ついにはイエスを殺そうと狙うようになったいきさつが記されています(ヨハネ5:18)。

 あとで述べられているように、イエス・キリストがユダヤにいかなかった理由は、単に殺されるのが怖かったからではありません。それはご自分の時がまだ来ていなかったからです(ヨハネ7:8)。このことについては、また後で詳しく述べることにします。

 そうとは知らないイエスの兄弟たちは、イエス・キリストに対して、ユダヤでも公然と活動をするようにと勧めます。このイエスの兄弟たちの発言は、ガリラヤに留まって活動しているイエスに対する嫌味や皮肉とは限りません。兄イエスの評判が高まる中で、弟たちが兄の人気をやっかんで、こう言ったというわけでもないでしょう。むしろ、まじめな提案だったのだと思います。
 兄の活動を知っていればこそ、人々にもっと知られるように、ユダヤに行くことを勧めたのでしょう。

 折しも、時はちょうど仮庵の祭りが近づいていた頃でした。この仮庵祭は、過越祭や五旬節と並んで、ユダヤ人にとって大きな祭りの一つです。多くのユダヤ人がエルサレムに集まるこの機会に、ユダヤで活動を行えば、一気に自分たちの兄の名声が知れ渡る絶好の機会です。

 しかし、この人間的な考えを、ヨハネ福音書は「兄弟たちも、イエスを信じていなかったのである」と評しています(ヨハネ7:5)。「信じていなかった」という意味は、兄弟たちでさえも、イエス・キリストが奇跡をおこなう力があることを信じていなかったという意味ではありません。むしろ逆で、奇跡を行う名声がますます広まることを願っていたのでしょう。しかし、まさにその思いが、ヨハネ福音書によれば、キリストをほんとうの意味で信じてはいなかったといわれるのです。

 それは、五千人もの人々に食べ物を分け与えられたキリストをとらえて、自分たちの王にしようとした民衆たちの思いに通じるところがあります。彼らはイエスがメシアとして何をなさろうとしているのか、まったく理解を欠いていました。
 あるいは、ご自身の十字架と復活とを予告されたキリストを、脇へ連れて行っていさめ始めたペトロに通じるものがあります(マルコ8:32)。ペトロはその直前で「あなたこそメシアだ」とイエスに対して信仰を告白したにもかかわらず、メシアがどんな働きのために遣わされてきたのか、イエス・キリストの苦難の予告を信じて受け入れることができなかったのです。

 それと同じように、身近にいたイエスの兄弟たちでさえも、イエスはどういう意味でメシアであるのか、信じてはいなかったのです。まして、イエス・キリストがおっしゃっておられるような、「わたしの時」について、理解を持ち合わせてはいませんでした。

 イエス・キリストはご自分がユダヤに下っていかない理由をおっしゃいます。

 「わたしはこの祭りには上って行かない。まだ、わたしの時が来ていないからである。」

 「わたしの時」について、イエス・キリストはカナの婚礼のときにも発言されました(ヨハネ2:4)。このイエスの「時」の到来については、これからもヨハネ福音書にしばしば登場します(7:30,8:20,12:23,13:1,17:1)。それらはイエスの受難と復活を通して現れる栄光の時を示しています。
 厳密に言えば、きょうの個所に二回出てくる「わたしの時」は「カイロス」という別のギリシャ語の単語が使われています。時計が刻む「時」というよりは、「ふさわしい時」「機会」とでも訳すべき言葉です。
 しかし、いずれにしても、まことのメシアの栄光は、十字架と復活とを通して現わされるものなのです。十字架と復活のメシアを信じてこそ、このお方を理解したといえるのです。

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