熊田なみ子のほほえみトーク 2014年4月29日(火)放送

熊田 なみ子(スタッフ)

熊田 なみ子(スタッフ)

うつわの歌-まくらもとの本-

 先日ヘヤーカットに行ったお店で、なにげなく開いた雑誌に目が釘付けに。それは福島のバラ園。2万坪もの花の園が原発事故によって失われてしまったという記事。見事なバラが美しく咲き誇るその同じ場所がどんな廃墟となってしまったかをありのままに写し出していました。写真を見ながら何とも言えない悔しい気持ちになりました。「極めてよかった」(創世記1:31)というこの世界が人間の罪によりどんなに悲惨な世界なってしまったかを思い知らされる廃墟の姿。同じ場所がこんなにひどい姿になっているという事実…写真家はそれを無言で訴えてかけています。

 その時、私が創世記の話をすると「私も神様が世界を造られたと思っていますよ。」と美容師さん。私の心に中には詩編やローマ書の言葉が響いていました。「天は神の栄光を物語り、大空は御手の業を示す。」(詩編19:2)。「世界が造られたときから、目にみえない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており…」(ローマ1:19-22)。人間も「土の器」にすぎません。

 人間が「土の器」であることを見事に詠ってくれている「うつわの歌」(神谷美恵子著・みすず書房)。ちょうど著者生誕100年になられるとのことですね。「存在の重み」(エッセイ集2)と共に、私の「まくらもとの本」になっています。フランスにはこの「このまくらもとの本」という言葉があることを著者が教えてくれました。

「わたしはうつわよ、
 愛をうけるための。
 うつわはまるで腐れ木よ、
 いつこわれるかわからない。…」

 土の器である私たち。今日も神様からいただくいのちの時間ですね。
 それでは最後にコリントの信徒への手紙二 4章5節から15節をご紹介します。

 わたしたちは、自分自身を宣べ伝えるのではなく、主であるイエス・キリストを宣べ伝えています。わたしたち自身は、イエスのためにあなたがたに仕える僕なのです。「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にさらされています、死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるために。こうして、わたしたちの内には死が働き、あなたがたの内には命が働いていることになります。「わたしは信じた。それで、わたしは語った」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じ、それだからこそ語ってもいます。主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださると、わたしたちは知っています。すべてこれらのことは、あなたがたのためであり、多くの人々が豊かに恵みを受け、感謝の念に満ちて神に栄光を帰すようになるためです。

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