お元気にお過ごしですか。茨城県つくば市東、筑波みことば教会の牧師の小堀です。今日もご一緒に神様を見上げて歩んでまいりましょう。
イエスが洗礼をお受けになられた時、天から、次のように告げる声が聞こえました。「『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた」。マルコによる福音書1章の11節です。
ここで言われている「子」という御言葉は、血の繋がった子供というよりも、神様からの使命を果たすために、神から派遣された者としての、「子」ということです。イエスは正に神の御国の福音を宣べ伝えるために、神からこの地上に派遣されたのでした。
洗礼者のヨハネは、救い主がやってくると、きっと聖霊、聖い霊をもって、悪人を吹き散らして火で焼き滅ぼしてしまうであろうと信じて、彼は疑いませんでした。
当時のユダヤの人々にとって、救い主とは、そのような、強い御力をもった、孤高の存在だったのです。実際自分など、イエスの足元に近づける資格もない、靴の紐を解く資格もない、彼はそう信じていました。
ところがです。聖霊はそのような滅ぼすべき火、火のような息としてではなくて、鳩のように謙遜に、穏やかに、そしてひっそりとイエスのもとに降られました。そして洗礼者のヨハネの後から来るこのお方は、力ある裁き主ではなかった。むしろ力のない者の友となってくださる、罪人の友となってくださる。悔い改めてイエス様の前に泣き崩れる者の友となってくださる。そんな私達の弱さを受け入れてくださる。つまりイエス・キリストこそが、真の救い主であられたのです。
わたし達の人生80年。29200日。たった一回だけの人生です。どうぞあなたも、あなたの弱さを受け入れてくださるイエス様を信じてください。それではまた御機嫌よう。