お元気にお過ごしですか。筑波みことば教会の小堀です。今日もご一緒に神様を見上げて歩んでまいりましょう。
さて、今日の御言葉は、イエス様が人々の熱狂を避けて、サマリヤの女に会いに出かけた、そんな御言葉です。
聖書はヨハネによる福音書4章でこのように語ります。「しかし、サマリアを通らねばならなかった」(4節)。
ファレスチナの地は、南にユダ、北にガリラヤ、真ん中にサマリヤがありました。ですから、ユダからガリラヤに行くためには、当然サマリヤを突っ切る、ショートカットの道が一番近かったのです。
次に、ヨルダン川を迂回して行くという方法もありました。一直線で北上する方法に比べれば、倍はかかろうかという迂回する旅でした。
では何故、わざわざ「しかし、サマリアを通らねばならなかった」(ヨハネ4:4)。御言葉は語っているのでしょうか。
実は、イエスはわざわざこのサマリヤを通られました。その本当のわけ、それは、異邦人のサマリヤの女に会うためでした。無知で、迷信に甘んじて自分の惨めさにも気がつかないで、何人もの男を取替え、ひっかえして生活をしていた。そんな女に出会って、声をかけて、その女の人生を新しくするためにイエス様はわざわざサマリアを通られたのです。そしてこの女を救うために、イエスはわざわざこの道を選ばれたのでした。
ここに、イエス様の大きな愛があります。イエス様は、あなたに出会うためにわざわざサマリヤを通ってくださる、そんなお方です。それほどの大きな愛をもって、あなたを愛してくださるお方です。あなたは、このご愛を知っておいでになられますか?イエス様は大きな大きな愛をもってあなたを招いておられます。どうぞあなたもイエス様の愛の中に飛び込んでください。そこからあなたの新しい人生が始まるのです。