おはようございます。ひたちなか教会の小宮山です。
朝、起きると何をしますか。歯を磨くという方もいれば、顔を洗う方もいるでしょう。新聞を取りに行かれる方もいるでしょう。いずれにせよ、一人ひとりの生活リズムや習慣によって朝一番に行うことがあると思います。
詩編の5編の作者は、朝ごとに祈りをささげています。この作者にとって朝は祈りの時間です。4節。「主よ、朝ごとに、わたしの声を聞いてください。 朝ごとに、わたしは御前に訴え出て あなたを仰ぎ望みます。」
作者は神様に祈りをささげています。彼には祈る必要があったのです。祈りとは神様に語りかけ、会話をすることです。人に何か話を聞いてもらいたい時が誰しもあるでしょう。そういう時は往々にして、不安なことや悲しいことがあったときではないでしょうか。心休まらないから、誰かに話して、不安をなくそうとするのです。祈りも同様です。多くの祈りは不安から生まれます。不安の中で祈り、ベッドに入る。そして、朝を迎えますが、多くの場合、不安は不安のまま残るのです。
神様は寝る前の祈りを聞いてくださらなかったのでしょうか。決してそんなことはありません。神様は寝る前の祈りを聴きあげてくださり、新しい一日を与えてくださいました。不安も祈りとなった瞬間から、神様の所有物となり、その御手の中に置かれます。不安は神様から与えられたものとして、わたしたちの前に置かれます。朝ごとの祈りは全てを支配されている神様がわたしたちを守り、導いてくださることに感謝をささげる祈りなのです。