いかがお過ごしでしょうか、国立聖書教会の野島邦夫です。
ハンセン病患者の使徒とも呼ばれたダミアン神父は、モロカイ島の隔離施設で奉仕することを決心した時から、「わたしたちハンセン病患者は…」ということばで礼拝を始めました。これは患者の心を掴むための「おべっか」ではありません。患者たちと同じ高さの視線で生きたい、彼らと真の絆を持ちたいという願いからです。
彼は発病後、書き記しました。「わたしは今まで、彼らのために労し、共に苦しみ、彼らの友であった」。ダミアン神父は、自分も同じ病気になってもよいと覚悟していたようです。
19世紀、この病気はまだ不治の病でした。しかし、いざ現実に発病した時、彼も苦しみ悩みました。主への信頼は揺らぐことはありませんでしたが、喘ぎながら苦痛に耐えなくてはなりませんでした。この闘病生活の中で、彼は何を考えていたのでしょうか。
苦難が彼をほんとうの玉にしました。先に引用した手記は実は続きます。「彼らの友であったつもりだった。しかし実際は無限に離れた存在だった。今自分が同じ病を得て、初めてわたしは彼らの真の友になった」。驚くべき言葉です。人はここまで崇高な心を持てるのです。
そしてこの言葉は、神の子がこの世界に降りて来られて、十字架の死に至るまで苦難の生活を送られた有様と、何とよく重なるでしょうか。