その一 ハンナの祈り
イスラエルにエルカナという人がいました。エルカナには妻が二人いました。そのころには妻を二人もっている人が大勢いました。そして、よくあることでしたが、妻が二人いたことで家族内に争いが起こりました。ぺニンナという妻には何人かの子供ができましたが、エルカナが最も愛していたハンナには子供ができませんでした。
そのころ、結婚した女の人は誰でも大勢の子供を欲しがりました。子供が生まれないことは非常に恥ずかしいこととされていました。
ペニンナは、自分の子供を大そう誇りにして、いつも子供のことを自慢していただけに、一人も子供の生まれないハンナは、悲嘆にくれていました。ハンナはますます憂いを深め、ある日、神様が自分に子供を与えられないことで、一人で出て行って激しく泣きました。
エルカナは善良な人で、神様を敬うように家族を育てていました。毎年、彼は妻や子供たちを幕屋で主を礼拝するためにシロまで連れて行きました。シロについてからもペニンナはハンナを嘲りました。ハンナのほうが夫に愛されているのを妬んでいたからです。ペニンナの嘲りを聞いて可愛そうなハンナは涙を抑えきれませんでした。夫は彼女を慰めようとして、「ハンナよ、もう泣かないでおくれ。私はあなたにとって十人のこどもよりも勝っているではないか。さあ、涙を拭いて食事をしなさい。」と言いました。
ハンナはあることを決心しました。食事がすむと彼女は皆から離れ主の神殿に行きました。神殿の入口の側には神殿の祭司エリが座っていました。
ハンナは息子を与えてくださるようにと一生懸命に祈りました。唇だけを動かして祈りました。年老いた祭司のエリは、彼女が声も出さないで、ただ唇だけを動かしているのを見てハンナが酒に酔っていると思いました。エリは「いつまで酔っているのか、酔いをさましなさい。」と言いました。ハンナはエリの言葉を聞いて驚きました。そして、「いいえ、わが主よ。わたしは不幸な女です。酒を飲んだのではありません。ただ主の前に心を注ぎだしていたのです。悪い女とは思わないでください。私はただ主に憂いと悩みを訴え、その助けを求めていたのです。」と言いました。「安心して行きなさい。どうかイスラエルの神が、あなたの求める願いを聞き届けられるように。」とエリは言いました。
この後、ハンナは主が自分の祈りにこたえて息子を与えてくださることを確信しました。彼女は慰められて夫のところに戻り、その顔も幸福そうで平安でした。
翌朝、エルカナは、主を礼拝するために一家を神殿に連れ帰って来ました。それから住んでいるラマに帰りました。まもなく、主はハンナに祈り求めた息子を与えられました。彼女は子供にサムエルという名を付けました。これは、主に求めるという意味の名です。
翌年、エルカナが主を礼拝するために一家をシロに連れて行った時、赤ん坊がまだ小さすぎたのでハンナは行きませんでした。彼女は夫に「私はこの子がもっと大きくなるまでは一緒にシロに行きません。その後で主の前に連れて行って、いつまでもそこにいさせましょう。」と言いました。
幼いサムエルが四つか五つになった時、ハンナはみんなと一緒に主を礼拝するためにシロに行きました。そして、彼女は夫と二人で、サムエルを祭司エリのところに連れて行きました。ハンナはエリに、「わが君よ、私はかつてここに立って、あなたの前で主に祈った女です。この子を与えてくださいと私は祈りましたが、主は私の求めた願いを聞き届けられました。ですから、私もこの子を主に捧げます。この子は一生のあいだ主に捧げられたものです。」と言いました。ハンナは、子供をエリのもとにあずけて帰りました。サムエルは神殿でエリを手伝いました。
毎年、エルカナが主を礼拝するために家族をシロに連れていくと、ハンナは自分の子供に会いに行きました。そして毎年彼女はサムエルのために小さい上着を作って来ました。ハンナはどんなに大事な子供に会えるこの時を楽しみに待ったことでしょう。そして、その成長ぶりを見てどんなに誇りに思ったことでしょう。それにも増して、年をとって目のかすんできたエリに息子が上手に仕えるようになったのを見て嬉しく思いました。エリは、エルカナとその妻を祝して、「この女が捧げた者のかわりに、主がこの女によってあなたに子を与えられるように。」と言いました。神様はハンナに、サムエルの後から三人の男の子と二人の女の子を授けて報いを与えられました。
その二 神の声
エリは大そう年をとりました。彼にはもう大人になっているホフニとピネハスという二人の息子がいました。年老いた祭司エリは善良な人だったのに残念なことに二人の息子は正反対でした。彼らの行動は全く恥知らずで、イスラエルの人々はみな、彼らの悪辣さに呆れていました。祭司エリは、もう長くは生きていられません。彼の替わりにその悪い息子たちが祭司になることを思って人々は恐れていました。子供の頃彼らは大変いたずらでした。悪いことに父親は彼らを甘やかし、あまり叱りませんでした。子供の頃叱られなかったので彼らは大人になってから非常に悪い人間になりました。父親は彼らにこのことについて話しましたが彼らは耳をかしませんでした。
神様はある預言者を通してエリに悪いニュースを知らされました。神様はアロンの子孫が永遠に御自分の祭司となるといわれたことがあります。しかし、エリが息子の悪を見逃していた今となっては、神様はエリの家系が祭司を受け継ぐことを許されませんでした。息子は二人とも同じ日に死ぬでしょう。その時以来エリの家系には老人がいなくなるでしょう。その子孫はみな早死にするからです。神様はほかに祭司を任命されるのでした。
エリが神様はいつも子供の育て方の責任を親に求められることに気づいた時はもう遅すぎました。あなたがお父さんやお母さんに叱られる時、お父さんとお母さんは親として当然の責任を果たしていることを覚えなければなりません。
ある夜、サムエルはいつものように床につきました。だが暫くすると、エリが呼んでいると思い急に目を覚ましました。サムエルは、年老いた祭司のところに走り、「あなたがお呼びになりました。私はここにおります。」と言いました。しかし、エリはサムエルが夢を見たものと思い「私は呼ばない。帰って寝なさい。」と申しました。
サムエルは床に戻りましたが、まもなくまた自分の名を呼ぶのが聞こえました。「サムエルよ、サムエルよ。」彼はまた飛び起きエリの所に「あなたがお呼びになりました。私はここにおります。」と言って走って行きました。エリはまた「子よ。私は呼ばない。もう一度寝なさい。」と言いました。
サムエルは、また床に戻りましたが暫くすると「サムエルよ。」と同じ声がまた呼びます。エリはようやくサムエルを呼んでいるのは主であるに違いないと気づきました。そこで彼は、「行って寝なさい。もしあなたを呼ばれたら、『しもべは聞きます。主よ、お話ください。』と言いなさい。」とサムエルに教えました。
サムエルはまた、「サムエルよ、サムエルよ」と、主の呼ぶのを聞いたとき、彼は、「しもべは聞きます。お話ください」と言いました。そこで神様はサムエルに、「エリが自分の息子達を罰して悪を捨てさせなかったから、エリにひどい罰をくだす」と語られました。
サムエルは、朝までじっと横になっていました。それから起きていつものように神殿の門を開けました。
神様の言われたことをエリにはとても告げられないと思いました。しかし、エリはサムエルを呼び寄せ、「何事をお告げになったのか。隠さずに話しなさい。」と言いました。そこで、サムエルは神様の言われたことをみな話しました。
エリ自身は良い人でした。ただ自分の悪い息子達を抑えられなかったのが欠点でした。エリは「それは主である。どうぞ主が良いと思われることを行われるように。」と言いました。
サムエルはエリと一緒に暮らしました。彼が年を取るにつれ神様が彼と共におられることがますますはっきりしてきました。神様はよくサムエルと語られました。イスラエル全体は、北の端から南まで、神様がサムエルをご自身の預言者とされることを知っていました。