いかがお過ごしでしょうか、国立聖書教会の野島邦夫です。今週のテーマは「愛」です。
「好き」の別名としての愛や「愛欲」は別にして、「愛」には、人間にとって真実なものが含まれています。それは自己中心を克服するもの、生死を超えるもの、永遠なものです。このような「愛」は、どうして存在するのでしょうか。
聖書の答えはこうです。“それは神が人間をもともとそのように創られたから。”創世記第1章には、神がこの世界を創られる際、その最後に人間を「神のかたち」(創1:27・口語訳)に創られた、と記されています。「神のかたち」といっても、神には肉体がありませんから物質的なかたちの意味ではありません。
そうではなく、神を神として崇めそれを喜ぶことができる能力、つまり神を愛する能力です。それと共に、同じ神のかたちに創られている他の人々を自分と同じように大切にする、いや、自分以上に大切にする、つまり人を愛する能力です。神と人とを愛して、共に生きることが本来の人間の姿です。
その後神に背を向けて「神のかたち」を歪めてしまった人間は、もはや純粋な愛を貫くことができません。それでも、今もなお男女の愛や親の愛の中に、時に真実なものがキラッと光るのを見る、その時わたしたちは心打たれ、これを大切にしたい、これを育みたいと思うのではないでしょうか。