おはようございます。仙台カナン教会の國安光です。
わたしには祖母がおります。祖母は、山形の米どころ、庄内出身です。庄内では夏になると美しい緑色の稲が大地を彩ります。
稲には水が必要です。夏の日照りは天敵です。大地は渇き、稲は枯れてしまいます。そうならないためには、水を得なければなりません。いまの時代は水を簡単に得ることができます。しかし昔は空から降り注ぐ雨が、稲に水を与えてくれました。
聖書にはこういう言葉があります。「わたしの教えは雨のように…滴る。若草の上に降る小雨のように 青草の上に降り注ぐ夕立のように。」(申命記32章2節)
ちょうど雨が大地に降り注ぎ、青い稲に栄養を与えるように、神様はわたしたちに命をもたらす言葉を降り注いでくださる、そう聖書は語ります。
暑い日差しが続く夏の日、雨が降らなければ大地は渇いてしまいます。同じように、わたしたちも雨が降らなくては渇いてしまうのです。神は、渇いた魂を潤す言葉を、わたしたちに与えてくださいます。
どうかあなたが魂の渇きを覚えるとき、神が豊かに満ちたらせてくださいますように。