イスラエルの民が、あまりモーセやアロンに向かって不満をもつので、神様は、ご自分が祭司に任命したのはアロンであって、他のものではないことをはっきり示すしるしを与えると言われました。
神様はモーセを通して各部族のつかさに、自分の名を書いた杖を持ってくるように命令されました。アロンは、レビ族のつかさだったので、彼の名前はレビ族の杖に書かれました。モーセは、この杖を全部、幕屋の一番奥の部屋の金の箱の前に置かなければなりませんでした。
翌日、モーセは、至聖所に入って杖を持ち出し、つかさたちに戻しました。12本の杖のうち11本は、以前と同じ渇いた棒にすぎませんが、アロンの杖には美しい桃色のあめんどうの花が一杯咲いていました。あめんどうの実さえなっていました。こうして神様は、ご自分が祭司として選んだのはアロンであることを示されました。 神様は芽を吹いたアロンの杖を、マナの入った壷と十戒の記された石碑と一緒に契約の箱に入れるようモーセに命じられました。これでアロンに対する不満もなくなることでしょう。アロンとその息子たちは、永久に神様の祭司となりレビ族の男子はみな幕屋の仕事に携わるのでした。
一般の者は誰も幕屋の美しい幕の奥には入れません。レビ人は灰を片付けたり銀の皿を洗ったり、祭壇の焚き木を持ってくるために入ることができました。祭司だけ、すなわちアロンとその二人の息子だけが金の燭台に日をともし、香の祭壇で香をたき、金の机にパンを供え、大きな青銅の祭壇にいけにえを供えることができました。また、垂れ幕の至聖所に入れるのは大祭司だけでした。ほかの人が入れば死ななければなりません。祭司やレビ人にはカナンで土地は与えられません。彼らの分は神の祭司となることでした。神様が彼らのし業でした。祭司に土地は与えられませんが、神様は彼らにイスラエル人の供え物、油や麦やぶどう酒の一番良いところを与えて、彼らの必要を満たされました。今日、私たちが教会の牧師さんに給料を差し上げるのと同じように、神様はイスラエルの民に民が自分たちの祭司を支えなければならないことをお教えになったのです。
イスラエルの民は荒野に戻り、シンの荒野に再び来るまで旅をしました。ここでモーセの姉のミリアムは死に葬られました。この渇いた砂漠には飲み水がなかったので、民はまたモーセやアロンに向かってつぶやき何もかもモーセやアロンのせいにしました。なぜモーセはこんな嫌なところに自分たちを連れてきたのか。いちじくもなければざくろもぶどうもない。飲み水さえない所に。
モーセとアロンは幕屋の入り口に行きひれふしました。彼らはそこで主の栄光を見、イスラエルの民全員を大きな岩の前に集めるようにという主の声を聞きました。モーセが杖を取り岩に命じれば水がそこから出てくると主は言われました。そこでモーセは、大きな岩の前に民をみな集めました。モーセは民に対し大そう腹を立てていました。彼らは始終不平を言っています。また何度となく彼らを殺さないように主に求めてきたのに、民はいっこうにモーセに感謝しません。その上彼らはモーセに反逆し、他に指導者をたてようとさえしました。モーセが怒ったにも無理はありません。けれどもなお、モーセにももっと忍耐が必要でした。ところが、モーセは、とうとう癇癪(かんしゃく)をおこすほどに怒ってしまいました。神様に言われたように、岩に命じるかわりに、彼は杖で石を二度打ってしまいました。そして、「そむく人たちよ、聞きなさい。われわれがあなたがたのためにこの岩から水を出さなければならないのであろうか」と怒りをこめて言いました。
岩からは、民や牛に十分な水が豊富に流れ出てきました。しかし、モーセが神様に命じられたように、岩に命じないで岩を打ったことを神様は喜ばれませんでした。神様は、このことのためモーセとアロンを罰せられました。どちらもカナンの地に入らないで荒野で死ぬのでした。これはモーセにとって大変な失望でした。この民を長い間、殺伐とした荒野に導きながら、約束の地に自分自身は入れないとは。
イスラエルの民はシンの荒野を旅しました。民は紅海から再びセイル山まで転々と放浪しました。どんなに疲れ、気を落としたことでしょう。斥候たちがカナンに住んでいる大男の報告をもって帰ってきた時、神様を信じていればよかったと何度彼らは思ったことでしょう。神様は、彼らの敵をみな征服されたのですから、この大男も神様が征服してくださることを信じるべきでした。しかし、今になって、神様を信じていれな良かったと思っても遅すぎます。彼らは死ぬまでこの暑い砂漠をさまよわなければなりません。彼らのうち誰一人、美しい約束の地を見るものはありません。この淋しい砂漠で、新しい服が必要になった時、彼らはどうしたでしょう。古い靴が悪くなった時は、どこにいけば新しいのが手に入ったのでしょう。神様に対する彼らの失礼な態度にもかかわらず、神様は彼らを大変よく守られました。放浪の40年の間、神様は彼らの服や靴を備えて、一度でも足りないことはありませんでした。毎日、神様は食糧として彼らに新しいマナをおくられました。これはなまでも食べられましたし、焼いたりゆでたり菓子をつくって蒸し焼きにすることもできました。どうやって食べてもおいしいものでした。
やがて、年取った者が一人づつ死んでいき、子供たちは大きくなりました。神様は彼らをだんだんカナンの近くに導いていかれました。彼らはもう40年近くも荒野にいました。今や神様は彼らを約束の地に導かれます。しかし、今度は南から行く近道ではありません。東側から行かなければなりません。彼らは長い間、セイル山の側にいました。神様はモーセに、今度は北に向かうように命じられました。神様に従った民はエドムの地に来ました。セイル山は、エサウがヤコブと別れた後で住みついた土地であることを、皆さんは覚えているでしょう。それは、400年以上も昔のことでしたが、エサウの子孫はまだここに住んでいました。彼らはエドム人と呼ばれ、その国はエドムと呼ばれていました。イスラエル人がエドムに近づいた時、モーセは、使いの者を出してこの国を通る許可をエドムの王に求め、土地や住民を傷つけないことを約束しました。しかし、エドムの王はイスラエル人の大群を大そう恐れました。そして、彼らは約束を守るとは思えなかったので、国を通る許可を与えませんでした。エドム人はエサウから出たアブラハムの子孫なので、神様はエドム人と戦うことをイスラエル人にお許しにならなかったのです。神様はこの土地をエドム人に与えておられました。
そこでイスラエルの民は、エドムを通りぬけないでその外側をまわりました。このためセイル山をまわり、紅海の側のエジオン・ゲベルまで行かねばなりません。それから彼らは北に向かいモアブの荒野にきました。やがて、エドムの東の境界線にあるホル山まで来ました。大祭司アロンはもう非常な老人でした。神様はモーセに、ここがアロンの死ぬ場所であるとあらかじめ言われました。神様はモーセに、アロンとその子エレアザルをホル山に連れていくように指示されました。そこでアロンは、自分の大祭司の衣装を息子のエレアザルに渡すのです。アロンはホル山で死ぬのでした。民はみな彼らの出発を見送りました。別れを告げたあと、自分たちの大祭司が死にいくのを見守りました。アロンが二度と戻ってこないことを知っていました。アロンを見送りながら民は泣きました。二度とアロンのやさしい顔を見、イスラエルの部族を祝福するために、手を差し伸べている姿を見ることはできません。二度と、「願わくは主があなたを祝福し、あなたを守られるように。願わくは主がみ顔をもってあなたを照らし、あなたを恵まれるように。願わくは主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜るように。」という彼の懐かしい声を聞くことはできません。やがて、三人の姿は見えなくなりました。モーセはアロンの美しい大祭司の衣装を脱がせ、息子のアレアザルに着せました。モーセとエレアザルはやさしくアロンに口づけしました。アロンは手を合わせ目をつむりました。そして、その霊は主のもとに行きました。これで、エレアザルが大祭司になりました。イスラエルの民はまる一ヶ月、アロンの死を悼みました。
再び民は旅を続けました。まだ荒野をさまよっていました。そして悲しいことに、また神様とモーセに対して不平を言い始めました。「どうしてわれわれをエジプトから導き登って、荒野で死なせようとするのですか。ここには食物もなく水もありません。私たちは、このマナは嫌になりました。」と言いました。主は不平を罰するために、人々の間に毒蛇をおつかわしになりました。蛇は人々をかみこのため大勢の者が死にました。しかし、今度の民は、自分の父たちよりもすぐれた態度をとりました。彼らは、悔いてモーセのところに行き、「私たちは主に向かい、また、あなたに向かい、呟いて罪を犯しました。どうぞ蛇を私たちから取り去られるように主に祈ってください。」と言いました。モーセは、民のために祈りました。主はモーセに、火の蛇を青銅で作り、人々が見えるようにそれをさおの上にかけることを命じられました。蛇にかまれた人でもこの青銅の蛇を仰げば癒されました。同じように、十字架のキリストに目をあげるものはどんな罪人でも救われます。 くまだなみこ