いかがお過ごしでしょうか。湘南恩寵教会の鈴木牧雄です。今日も最初に、聖書の言葉に耳を傾けたいと思います。
詩編32編1節からです。
いかに幸いなことでしょう
背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。
いかに幸いなことでしょう
主に咎を数えられず、心に欺きのない人は。
わたしは黙し続けて
絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました。
人間として本当に幸せなこととは何でしょうか。仕事や生活が充実し、社会からも認められること。家族皆が仲良く幸せであること。健康が支えられ暮らしが守られていること。みな、だれもが願っている幸いです。しかし、これらすべてを手にしたとしても、心の中に罪があるならどうでしょう。静かになった時に思い出しては苛まれ、夢の中でもうなされる。これではいくら幸いなことをつかんでいても、決して心に安らぎは来ません。この詩人がそうだったのです。以前の自分を「絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました」と振り返っています。
しかしこの詩人は、今の自分を「いかに幸いなことでしょう」と繰り返し叫び、喜んでいます。それは、主なる神に心の内にある罪を赦していただいたからです。だからもう罪に苛まれることはなく、魂が呻くこともなくなりました。心から平安になったのです。これほど幸いなことはないのではないでしょうか。
心の罪が赦されているということ。これこそ人間としての最も大切な幸いなのです。