ごきげんいかがですか。江古田教会の風間義信です。
聖書を読みますと、わたしたちの命の源なる神とわたしたち人間との関係は、自力では修復できないほど壊れてしまっていることが教えられています。それが罪です。いや、自分には罪などない、ましてや人様からそのようなことを言われることはしていないと胸を張るかもしれません。
でも、そうではありません。罪はわたしが基準で判断するものではなく、神の確かな教えから見てどうなのかが問題です。その神の教えである聖書を読まれた時、あなたはどう感じられたでしょうか。この時の聖書の語りかけとわたしの思いとの差、それが罪です。
この解決のために、神の側から身を乗り出してくださいました。そのために人となられたイエス・キリストが、関係を断ち切っている罪の償いのために、その命をささげてくださいました。そのキリストがいつもあなたがたと共にいると約束されたことの実現が、内に住むキリスト、聖霊です。このお方と一緒であるということは、わたしが生きていることが、即、キリストが生きているということなのです。
確かに毎日の中で、わたしたちの弱い肉体が苦しめられます。けれども、それはわたしたちが見捨てられたからではなく、キリストがそれを理解し、共に慰めてくださっている痛みでもあるのです。この共におられるお方の存在をますます確かにするために聖書の言葉に親しみましょう。