タイトル: アブラムがハランを出たのはいつ? 山形県 Y・Wさん
いかがお過ごしでいらっしゃいますか。キリスト改革派教会がお送りするBOX190。ラジオを聴いてくださるあなたから寄せられたご質問にお答えするコーナーです。お相手はキリスト改革派教会牧師の山下正雄です。どうぞよろしくお願いします。
それでは早速きょうのご質問を取り上げたいと思います。今週は山形県にお住まいのY・Wさん、男性の方からのご質問です。お便りをご紹介します。
「前略 いつもBOX190の放送を聴いています。昨年までは『聖書を開こう』もFEBCで放送していたので、そちらの放送を楽しみにしていました、。インターネットではあまり見る機会がないので、『聖書を開こう』の時間が別の番組になったので残念です。
しかし、前回と前々回(2月17日、24日)のBOX190はともに聖書に関する質問でしたので興味深く聴かせていただきました。特にギリシア語や聖書の翻訳についての内容でしたのでなおさらです。
わたしも聖書に関してはいろいろと疑問点があります。たくさんあるのですが、その中でアブラハムについて。使徒言行録7章でステファノが語った内容によれば、アブラムはハランに住んでのち、父のテラが死んでからカナンに向かったように記されています。しかし、創世記11章26節から31節を読むと、テラが70歳のとき、アブラムらを生んで205歳のとき生涯を終えたとあります。計算してみるとどうもテラが亡くなる前にハランを出たようにも読めます。
いろいろな方の話の中でも、テラが亡くなる前にハランを出たように語る人もおり、テラが亡くなってからハランを出たように語る方もおられます。どちらが正しいのでしょうか。ステファノの語った内容が間違っているのでしょうか。」
Y・Wさん、聖書に関するなかなか興味深いご質問、ありがとうございました。
聖書に出てくる系図や年代に関する記述は、たいていはあまり深く考えずにさらっと読んでしまう個所ではないかと思います。あまり深く考えないでおおざっぱに読んでしまう理由はいくつかあると思います。一つは、細かい点まで正確に知るよりも、大きな流れを理解する方がまずは大切だという考えからです。もう一つは、聖書には誤りがないはずだから、いちいち話が矛盾しているかどうか気にするよりは、話を先に読み進んだ方がよいと考える思いからです。そして、三つ目には、細かな記述の違いがあったとしても、そのことが聖書全体のメッセージを大きく揺るがすような違いでない限り、深く追求しなくても、聖書のメッセージを見失うことはないと考える思いからです。
そうした理由から読み飛ばされがちな個所ですが、Y・Wさんは注意深く聖書を読んで、問題を発見し、疑問を抱いてくださいました。
聖書を目を皿のようにして隈なく読むことは、決して悪いことではありません。むしろ聖書を読む楽しさや、新鮮な驚きを感じるために、Y・Wさんのようにぜひ一度は細かい点にも注意を払いながら読んでいただきたいと思います。
さて、今回Y・Wさんからご指摘があった問題点を分かりやすく、整理してみましょう。
問題点は、アブラムがハランを出たのは、父親のテラが亡くなってから後のことだったのか、それとも、父親がまだ生きているうちのことだったのか、という点です。
まずは、その点を使徒言行録7章に記されたステファノの説教の言葉から検証してみましょう。答えはとてもはっきりとしています。Y・Wさんがおっしゃる通り、ステファノの理解では、アブラムがハランを出てカナンに向かったのは父テラが亡くなってから後のことです。そして、それとは異なったことを記した他の有力な写本はありませんから、ほぼ間違いなく、ステファノはアブラムが父テラの死後ハランを出てカナンに向かったと理解しています。
では、ステファノがその知識を得たと考えられる創世記では、同じ出来事がどのように記されているのでしょうか。創世記11章から12章にかけて、アブラムがハランからカナンへ移住する様子が描かれています。ただし、その書き方は断片的で、わたしたちが知ろうとしていることを直接は記していません。
まずは、創世記11章31節でアブラムの父テラが一族と共にカルデアのウルを出てハランに定住したことが伝えられます。次の32節ではテラが二百五年の生涯を終えて、ハランで死んだという事実が伝えられます。
続いて、創世記12章1節でアブラムは主である神から「父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい」という命令を受けます。そして、12章4節には、「アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。」と記されます。
ここまでの創世記の記述を何も考えずに、書かれてある順番通りに読み進んでくると、父親のテラがハランで亡くなった後、創世記12章にある通りアブラムが主である神の召しに答えてハランを出た、と読めてしまいます。
しかし、Y・Wさんが疑問を持たれたのは、アブラムがハランを出発したのが75歳であったという記述です。創世記11章によれば、アブラムが生まれたのは父親のテラが70歳の時でした(創世記11:26)。つまり、ハランを出発した時のアブラムが75歳であれば、父親のテラはそれより70歳年上ですから、145歳ということになります。そうすると、創世記11章32節では、テラは205歳で世を去ったとありますから、アブラムがハランを出発した年にはまだ生きていたことになります。
もし、テラが亡くなった年齢があと60年若く、145歳であったとしたら、ステファノの語っていることと矛盾がなくなるように思えます。
しかし、いずれにしても、創世記の記述自体は、誤解を招きやすい順番で書かれていますが、それ自体の中では矛盾はありません。年齢の計算したとおりに読むとすれば、テラがまだハランで存命中に、アブラムはそこを出発して約束の地カナンへ向かったということになります。
では、創世記の記事に間違いがないとすると、ステファノの説教が間違っているか、勘違いをしているということになるのでしょうか。ステファノの言葉を厳密に受け止めるとすれば、明らかに創世記が語っていることとは違うことを言っているようにも聞こえます。
しかし、ステファノが説教の中でアブラムについて語るその知識は、創世記の記事が知識の元になっていることは疑いようもありません。この場合、ステファノは神が語らせるままに、新しい啓示を受けて、旧約聖書の誤りを訂正したとは考えられません。
もし、そんなに大きなな違いをステファノが何のコメントもなく訂正しているのだとしたら、聴衆であるユダヤ人たちが黙っているはずがありません。もちろん、ステファノの説教はユダヤ人たちの不評を買いましたが、不評を買った理由は、その点にあるのではありません。
むしろ、聴いているユダヤ人たちもその点に関しては何も問題とはしていないのです。
考えられることは、ステファノは創世記に書かれてある順番で歴史を語ったにすぎないということです。つまり、テラが亡くなった後というのは、テラが亡くなったことを記した記事の後、アブラムがカナンへ移住したという意味です。ステファノも聴衆も、そういう意味で理解しているのだと考えられます。
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