BOX190 2010年2月17日(水)放送    BOX190宛のメールはこちらのフォームから送信ください

山下 正雄 (ラジオ牧師)

山下 正雄 (ラジオ牧師)

タイトル: インクにイカの墨? ハンドルネーム・浮雲さん

 いかがお過ごしでいらっしゃいますか。キリスト改革派教会がお送りするBOX190。ラジオを聴いてくださるあなたから寄せられたご質問にお答えするコーナーです。お相手はキリスト改革派教会牧師の山下正雄です。どうぞよろしくお願いします。

 それでは早速きょうのご質問を取り上げたいと思います。今週はハンドルネーム浮雲さんからのご質問です。お便りをご紹介します。

 「山下先生、番組いつも感謝して聴いています。
 さて、先日ヨハネの手紙を読んでいましたら、『紙とインク』(2ヨハネ12)『インクとペン』(3ヨハネ13)という言葉が出てきました。
 普段なら読み飛ばしてしまうようなところですが、その日に限ってふと一体どんな筆記用具を使ったのだろうかと気になってしまいました。聖書の内容とは関係のないことなので、質問するのも申し訳ないと思いながらも、ペンと紙を手にして手紙を書いているヨハネの姿が頭に浮かび、この手紙にとても親近感を覚えてしまい、メールしてしまいました。
 ヨハネが手紙を書くときに使った紙やペンやインクとはどんなものだったのでしょうか。
 インクについては以前どこかで古代の世界ではイカの墨が使われていたということを聞いたことがあります。それはほんとうでしょうか。
 よろしくお願いします。」

 浮雲さん、お便りありがとうございました。この番組を長く続けていますが、今までにない種類のご質問で、回答者のわたしが一番興味深くご質問を読ませていただきました。

 お便りの中にもありますように、確かに、ご質問の内容はヨハネの手紙の本質とはあまり関係のない部分です。しかし、ひょんなことが気になって、それが却って聖書に対する興味と親近感を覚える結果となるのであれば、それは決して無駄な疑問ではないと思います。

 ところで、ご質問の聖書の個所を、番組を聴いてくださっている方のために、まずはその部分をそのままお読みしたいと思います。ヨハネの第二の手紙と第三の手紙の、どちらも結びの言葉の部分に出てきます。

 まずは、ヨハネの手紙二の12節です。

 「あなたがたに書くことはまだいろいろありますが、紙とインクで書こうとは思いません。わたしたちの喜びが満ちあふれるように、あなたがたのところに行って親しく話し合いたいものです。」

 もう一か所はヨハネの手紙三の13節です。14節も併せてお読みします。

 「あなたに書くことはまだいろいろありますが、インクとペンで書こうとは思いません。それよりも、近いうちにお目にかかって親しく話し合いたいものです。」

 どちらも、手紙では伝えられない思いを、直接会って語りたいという切実な思いが伝わってきます。

 さて、ヨハネは手紙を書くためにどんな筆記用具を使っていたのでしょうか。紙とはどんな紙だったのでしょう。ペンとはどんなペンだったのでしょう、インクにはどんなインクが使われたのでしょうか。

 実はわたしもこんなご質問をいただくまでは、そんなことを深く心にとめたこともありませんでした。うろ覚えの知識ですが、聖書本文学と呼ばれる、数多くの写本から聖書の正しい本文復元する学問を学んだときに、聖書の写本に使われる紙の種類と使い方について学んだ覚えがあります。また写本を書き写す人がどんな姿勢で書き写したのか、ということを示す古代の書記官の絵や像の写真をみた覚えがあります。
 ペンとインクのことは、というと、そこまで詳しく学んだ覚えがありません。

 とりあえずは、「紙」のことからお答えしていくと、英語で「紙」のことをpaperというのはご存じだと思います。この英語の単語のpaperはカヤツリグサ科の植物を表すギリシャ語のパピュロスから来ています。そしてこの植物の繊維から作った筆記のための媒体をパピルスと呼んでいます。特にナイル川のデルタ地帯にたくさん繁殖しているパピルスが有名です。エジプトに行くと今でもお土産用にパピルス紙に描かれた絵が売られています。
 聖書の写本に使われる紙の代表の一つがこのパピルスです。ちなみにもう一つの代表は皮紙と呼ばれるものです。いわゆる動物の皮から作った筆記のための媒体です。
 テモテの手紙二の4章13節でパウロはテモテに「書物、特に羊皮紙のものを持って来てください」と頼んでいますが、そこに「羊皮紙」という言葉が出てきます。

 ところで、このヨハネの手紙に中に出てくる「紙」という単語は、「パピルス」でもなければ「羊皮紙」でもありません。ギリシャ語のカルテースという言葉が使われています。このカルテースという言葉の意味は「一片のパピルス紙」という意味です。巻物になった状態のパピルスではなく、ちょうどヨハネの手紙の二や三が書き収まるくらいの大きさの紙片だと思われます。
 ちなみに、日本語の「かるた」という言葉はこのギリシャ語「カルテース」からラテン語、ポルトガル語を経て入ってきた言葉です。英語ではcardの語源になる言葉です。

 次にものを書く道具、ペンですが、英語のpenという単語は、ラテン語の「羽」を表すpennaという単語から来ています。いわゆる羽ペンがその由来です。では聖書の筆記者たちが羽ペンを使っていたかというとそうではありません。

 ヨハネの手紙の中に出てくる「ペン」と訳されたギリシア語は「カラモス」という言葉ですが、たとえばマタイ福音書27章29節以下でイエス・キリストが兵士たちに侮辱されて「葦の棒」でたたかれる場面に出てきます。その「葦の棒」が「カラモス」です。
 ヨハネの手紙三の13節で「ペン」と訳されている「カラモス」というギリシャ語は、「葦の棒」ではなく葦で作ったペンということでしょう。

 最後にインクについてですが、ヨハネの手紙の中で「インク」と訳されている言葉は、「メラン」といいうギリシャ語です。もともとは「黒」という意味です。
 ちなみにこのメランという言葉は色素のメラニンの語源になる言葉です。
 さて、問題はその黒い色のインクがどんな素材からできているのかということだと思います。残念ながら使われている単語だけからでは、何のインクなのか判別できません。
 一般的には煤を油で練ったインクが使われていたようです。また植物性のインクも使われていたようです。

 ちなみにご質問にでてきたイカの墨を利用したインクですが、確かに地中海地方では一時期使われていた時代があったようです。ただし、臭いが良くないことと、変色しやすいことから、次第に使われなくなったようです。
 「セピアカラー」という言葉をご存知かもしれません。アンティークな感じの茶色っぽい色の写真をそう呼びますが、この「セピア」という言葉はイカの種類をさすギリシャ語からきていて、そのイカの墨を使ったインクをイカの名前にちなんでセピアと呼んだのが始まりです。

 最後に、ものを書く姿勢ですが、今の私たちは、机の上に紙を置いて書きやすい姿勢で書きます。しかし、当時の絵画などで見る限り、机に向かって書く人はなく、膝の上に紙を置いて書くのが普通だったようです。さぞかし疲れたのではないかと思います。

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