いかがお過ごしでいらっしゃいますか。せんげん台教会の浅野正紀です。
今日も聖書の言葉に耳を傾けましょう。
ペトロの手紙一 1章18節から19節です。
「知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです」。
私たちがまことの神様を知らず、自分中心に生きていくならば、それは罪にとどまることです。私たちが自分中心に生き続けるならば、それは神様との関係も人との関係も持てない絶望的でむなしい人生に終ってしまいます。
イエス・キリストは、私たちを絶望的なむなしい生活から解放するために、その尊い血を十字架の上で流して下さいました。イエス・キリストは、罪にとどまっている私たちに代わってその尊い血を流し、神様の前で罪の償いをして下さいました。イエス・キリストは、こうして私たちを罪の奴隷から解放して下さり、神様との関係の中で、本当の希望を持って生きていくことができるようにして下さいました。
イエス・キリストが流された血は、金や銀、この世にあるどんな財宝よりも価値があります。イエス・キリストは、この尊い血を私たちのために流してくださいました。神様から見て、私たちがそれほどまで価値ある存在だからです。
私たちは、イエス・キリストを信じることで、自分の本当の価値を知って、希望ある人生を歩むことができます。