おはようございます。ラジオ牧師の山下正雄です。
イエス・キリストは天の父なる神についてこんなことをおっしゃいました。
「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(マタイ5:45)
なるほど、正しい人の上にだけ太陽が昇り、正しい人の上にだけ雨が降り注ぐのだとしたら、これは大変なことです。どんな人の上にも太陽が昇り、雨が降り注ぐからこそ、人はだれでも日の光の温かみを感じ、降り注ぐ雨の潤いを味わうことができるのです。
イエス・キリストはこれをただの自然現象とはお考えになりませんでした。ここに神の恵みの広さと深さとをお感じになったのです。いえ、それは神の慈しみの豊かさを示すためのたとえにすぎません。神の慈しみの深さは太陽の昇り方や、雨の降り方にだけ表れているのではありません。その人がどんなに罪深い者であっても、その人を赦し、救おうとするところに、神の慈しみの深さが最もよくあらわれているのです。
それに対して、わたしたち人間はどうでしょう。他人を赦せなかったり、人を敵と味方に色分けして、ますます心を狭くしてしまいがちです。
イエス・キリストは願っています。わたしたちがこの神の恵みの広さ深さに触れて、心から慈しみ合う者となるように。イエス・キリストはそのためにわたしたちのところに来られたのです。