いかがお過ごしでしょうか。東京教会の今井献です。
マルコ福音書3章31節以下に、イエス様の母と兄弟たちが来て、家の中で教えているイエス様を呼び出そうとしている姿が描かれています。
「母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」という知らせを受けると、イエス様はこう答えました。
「わたしの母、わたしの兄弟とは誰か」。そして人々を見回して「見なさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」と語りました。
イエス様は家族にずいぶん冷たいことを言う、と感じる方もおられるでしょう。冷淡な態度の理由は、家族のイエス様に対する無理解にありました。21節を読むと、「あの男は気が変になっている」という人々の声を聞いて、家族でイエス様を取り押さえに来たのだということが書いてあります。
この無理解の原因は、家族が家の外に立ち、人を使ってイエス様を呼び出したという姿にあらわれています。すなわち、イエス様自身に聞こうとしないことです。多くの人々がイエス様を囲んで座り、熱心に耳を傾けている姿と対照的ではありませんか。
家族という近さがあっても、イエス様の教えを聞こうとしないなら、イエス様とその教え、救い主としての意味がわかりません。逆に言えば、イエス様に聞き、受け入れようとするなら、どれほど縁遠いと思われる者であろうと、イエス様の家族となることができる。救いの恵みにあずかることができるということです。イエス様に聞いて、神の家族にしていただいてください。