ごきげんいかがですか。綱島教会の川杉安美です。
聖書の中には、神様が共にいてくださるということが色々な形で教えられています。有名なものはマタイ福音書28章20節の言葉でしょう。復活したイエス様が、弟子たちにおっしゃいました。
「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」。
イエス様がいつも一緒にいてくださる、というのです。大変慰め深い言葉です。ただ、この言葉の前には、イエス様の命令もついていました。すべての民にイエス様のことを教えなさいと。そのような使命を果たしていくにあたって、イエス様が共にいると約束されたのです。
聖書では、そのように何かの使命を人に与えて、そうしてその使命を果たしていくにあたって、神様が共にいてくださるという約束が与えられる、そういう場合が多いのです。それはまた、私たちの場合にも同じことがあります。ただ、じっと座っている中で、イエス様が共にいてくださるということが分かってくるというよりも、神様のために何か使命を果たすときに、神様が共にいてくださるというのが分かる。まぁ、使命とまで言わなくても、たとえば聖書の教えに従って歩んでみる、具体的に行動を起こしてみる、そのようにする中で、イエス様が共にいてくださるということが分かってくるのではないでしょうか。
牧師という仕事もそういう面があります。私は、何もかも分かったから牧師になったのではありません。神様を信じ、信頼して、牧師の仕事にとびこんだのです。この仕事をしていくなかで、イエス様が共にいてくださるということを色々な場面で気づかされ、目が開かれています。