お元気ですか。銚子栄光教会 牧師 小林義信です。
本日のみ言葉は、コリント信徒への手紙二の6章10節です。
「悲しんでいるようで、常に喜び、物乞いのようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています」。
普通の感覚で喜びとは、貧困からの脱出、苦悩や苦しみからの解放、人との争いの終結、家庭の平和などでありましょう。でも聖書で教えている喜びは、最初の人類の先祖であるアダムが犯した罪によって、その子孫たる私達が壊れてしまった神との関係を元に取り戻す事が出来た時に味わうものであります。
神から離れている状態を罪と表現しますから、神と本来の関係が修復された時に、私達は罪なき者として、救われた喜びに浸る事ができるのであります。そうなると、それまでの心の憂いや、悲しみや、苦しみは解放され、他の人々に対する憐みや、慈しみの心に満たされ、イエス・キリストのお姿がその視野の中にしっかりと据えられるようになります。
これが真の喜びとして自覚されるのです。そしてこの喜びは、自分の周囲に居る人達を明るくし、彼等をも喜びの中に導く事となるのであります。