おはようございます。仙台カナン教会の吉岡です。
挫折や、失敗という事柄に対しては、大きく分けて二つの向き合い方があるのだと思います。そのひとつは、挫折を避けるということです。なるべく挫折しないように、失敗しないように歩むという生き方です。そしてもうひとつは、挫折や失敗を肯定して歩んでいくという歩み方です。
そして聖書は、後者の考え方で、挫折を肯定する人生観で貫かれています。聖書は「失敗してはならない」とは決して語らない書物です。そこでは人間は挫折を味わうということが前提とされていますし、失敗が許されています。そして聖書が本当の問題としているのは、挫折するかしないかということではなくて、挫折したあとの問題です。挫折した者がどう立ち直るのか、そういう人間が、どう救われるのか。そして、聖書が語るそのことこそが、私たちの救いなのです。
ここには単なる幸せとか、御利益ということを超えて、人生全体をそのまま肯定し、挫折して傷ついたところが、かえって神様の恵みの受け皿になるという次元での救いがあります。失敗も含めて自分の生きてきた人生の意味が、丸ごと変わってしまうような救いが、ここにあります。