おはようございます。山下正雄です。
「聖書は神の言葉である」と言われています。その聖書の中で語っておられる神は真実なお方です。真実とは嘘偽りがないことです。特に聖書の神はご自分が約束したことに対して忠実であり、約束を誠実に果たしてくださるお方です。
実は聖書が説く救いは、この神の誠実さにかかっているのです。
人間は裏切るものです。人間の誓ったことはあてにならないものです。「約束を守ります」と誓っても守りきれないのです。情けないくらい、人間とは弱いものです。その人間次第で、人が救われもし、滅びもするのだとすれば、間違いなく救いはいつまでたっても実現しません。
しかし、聖書は言います。
「主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。神は真実な方です。」(1コリント1:8-9)
「神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(1コリント10:13)
「しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。」(2テサロニケ3:3)
神が真実なお方で、ご自分が約束されたことを誠実に果たしてくださるからこそ、救いは実現するのです。人間の救いは神のこの誠実さに掛かっているのです。
自分の弱さに落胆していますか。自分の移ろいやすい気持ちに失望していますか。確かに人間は弱く、その気持ちも決心も移ろいやすいものです。しかし、その弱さをどんなに嘆いたとしても始まらないのです。聖書は、自分の力ではなく、真実を貫いてくださる神の誠実さを信じて、このお方に従うようにとわたしたちを招いているのです。
途中で何度挫折することがあってもいいのです。途中で何度落ち込むことがあってもいいのです。ただ、そのたびに神の誠実さを思い起こしてください。その都度、聖書の神が真実なお方であることをもう一度心に思い出してください。真実な神の大きな胸にいつでも立ち戻って飛び込んでいいのです。「神は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。」
イエス・キリストの弟子の一人にペトロという人物がいます。12人の弟子たちの中でいつも筆頭の弟子のように名前が挙げられています。持って生まれた能力が秀でていたので、リーダーシップを発揮できたのかもしれません。
しかし、このペトロがほんとうに一番弟子にふさわしいのは、真実なお方である神を最後まで信頼しつづけたことにあります。
ペトロには拭い去ることのできない失敗がありました。しかも、それはイエス・キリストと出会って、弟子としていただいてからした大失敗です。口にするのも恥かしくなるような失態です。こともあろうに、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と語った舌の根が乾かないうちに、キリストを知らないと否定してしまったのです。
そんな自分の弱さに失望してもしきれないペトロですが、ただ一つ、神の誠実さだけは一生涯信じてやまなかったのです。
「主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。神は真実な方です。」