いかがお過ごしですか。新浦安教会の芦田高之です。
先日、何十年ぶりかに東京の大きな神社に行きました。アメリカの友人に日本らしいものを見せたいと思ってその神社に行ったのです。大都会、東京のど真ん中にあるその神社は、森に囲まれた本当に静かな環境の素晴らしい空間です。
神社の境内を進み行きますと、お賽銭を投げて祈願するところがいくつかあります。いくつかある祈願の場所には、大きな鈴のような鐘のような鳴り物があります。それに太い縄が結び付けられていて、その縄を祈願する人は揺さぶり動かすと、その鈴のような鳴り物は、ガランガランと音を立てます。
私は小さい頃、この鐘を鳴らすのが面白かったんです。音が鳴るからです。何で神社にはそんな鐘があるのか? ある人はこう説明しました。鐘を揺さぶって音を鳴らすことで「私はここにいます、聴いてください」と神社の神々の注意を引くためなんだ、という説明です。
聖書の神について、昔の人はこう告白しています。「見よ、イスラエルを見守る方は、まどろむことなく、眠ることもない」と。イスラエルの神、真の生ける神は、起こす必要はない。まどろむこともなく、私たちの全ての瞬間を見つめていてくださるからです。私たちが神の事を忘れている時があっても、この生ける真の神が、私たちのことを忘れることはない。いつでもどこでも起きていて私たちを見守っていてくださる方だから、私たちは安心して、このお方に近づくことができるのです。