おはようございます。ラジオ牧師の山下正雄です。
今朝は旧約聖書詩編の第119編57節の言葉です。
「主はわたしに与えられた分です。 御言葉を守ることを約束します。」
「分け前」とか「取り分」という言葉があります。「あなたへの分け前がちゃんととってあります」…もしこう言われたとしたら、あなたなら一番最初にどんなものが頭に浮かびますか。食べ物ですか。相続金ですか。土地ですか。
この詩編を書いた作者は、聖書の神こそ自分に与えられた取り分だというのです。神がわたしへの分け前だという発想は少し不思議な感じがします。
実はその昔、イスラエルの12部族にはそれぞれ自分たちの部族が住む土地が割り当てられました。ところが神を礼拝する御用のために特別に立てられたレビの部族には自分たちの土地が割り当てられませんでした。なぜなら、神ご自身が彼らの取り分であるからだと言われているからです(民数記18:20)。「主である神がわたしの取り分」とは、もともとの意味はそういうことだったのです。しかし、やがてこの表現はレビの部族に限られた表現ではなくなりました。神に信頼して生きる姿勢を持った者たちにとっては、主こそわたしに与えられた分なのです。何を自分への分け前と考えるか、それによってその人の生き方そのものが大きく代わるのです。
それではきょうもあなたの上に主の平安が豊かにありますように。