おはようございます。ラジオ牧師の山下正雄です。
今朝は旧約聖書詩編の第36編の言葉です。
「神に逆らう者に罪が語りかけるのが わたしの心の奥に聞こえる。 彼の前に、神への恐れはない。」
もし罪が語りかける声が聞こえるようになったとしたら、この世の中は罪の語りかける騒音で、さぞかしやかましいことだろうと思います。しかし、罪のささやきは音もなく忍び寄り、神への恐れを人から奪います。罪の甘いささやきは人から罪の意識すら奪い取ってしまうのです。気がつけば、罪のささやきが神からの語りかけにとって代わり、四六時中人の行動を支配してしまっているのです。この罪の世の中はもはや自分で自分を清める力すら失っています。
この詩編の作者は、罪のささやく声を決して自分には関係ない他人事と考えてはいません。罪のささやきに負ける人間の弱さをよく知っているのです。だからこそ、この詩編の後半は、神の慈しみ深さに目を留めていますす。神のもとで恵みに潤され、神のまことの光のもとで光を見ようとしているのです。
罪のささやきに心奪われて生きる生き方から逃れるためには、ひたすら神の慈しみ頼るよりほかはありません。神の翼の陰に身を寄せる人だけが、罪のささやきから逃れることができるのです。
それではきょうもあなたの上に主の平安が豊かにありますように。