地震、雷、火事、親父、と以前には言っていましたが、この頃は父親の権威は何処へ行ったのやらと言われる程女性が強くなっている傾向があるようです。けれども子どもが言うことを聞かないと、「帰ったらパパに言うからね。」と言ったりするお母さんはいないでしょうか。けれども父親より、母親よりずっとえらい人が家庭の中にいるのです。この事は小さい時から子どもに教えておかなければなりません。イエス・キリストさまはとても優しいお方ですが悪い事はお嫌いになりますから、悪いことをすると怖いのです。
日曜学校に来ていた子どもの或るお母さんが、小学校4年生になった男の子がいた方ですが、「この頃言うことを聞かないし、反抗期に入ったのか、ひどいんですよ。どうしたらよいでしょう、先生。」と聞かれました。私は、「お母さんに反抗してもイエスさまに反抗してはいけません。そんなことをしてよいかどうかイエスさまにきいてごらん。」というように言って、お母さんから長々と小言めいたことを言わない方がよいでしょう、と言いました。教会学校では素直な子どもに見えましたから、ただ反抗期でお母さんに素直になれない時期だったのでしょう。そのお母さんは洗礼は受けていませんでしたし、礼拝にも来ておられませんでしたが、子どもは良い子に育って欲しいと思い、日曜学校に子どもを送って下さり、近所でしたから、度々お会いするとお喋りをしていました。いつもイエスさまを念頭においてお喋りすることは、他の人との間でもそうでしたが、自然と知り合い、信頼関係が出て来るのはとても有益なことでした。先に申し上げたお母さんは、度々お喋りしましたが、暫くしてお会いした時、「私が教会に行っていなくてこんな事を言うのはいけないかも知れないけれど、この頃は"二階に行ってイエスさまにお祈りしてきいていらっしゃい。"とか、"教会に行って先生にきいていらっしゃい。"と言うんです。」と。また、別の時には、「確かに効き目があります、先生。そして私も少し神さまの事を考えるようになり、私なりのお祈りをしています。」と言われました。これは十年近く前の事で、そのお子さんも結婚してよい父親になっておられます。
家庭の中では"主人"はイエスさまです。子どもにお父さんよりお母さんよりもっとイエスさまが好きになるようになれば、とても安心です。一人の時もイエスさまはいっしょ。誰も見ていない所でよくない事をすればイエスさまが見ておられるから悪いことはしない。誰も見ていなくても良い事をすればイエスさまは見て喜んで下さる。嬉しい時もイエスさまはいっしょ。困った時もいっしょ。いつでもお祈りをしてイエスさまにお話し出来る。と、このような子どもになれたら本当に素晴らしいですね。マタイによる福音書19章で、イエスさまに手をおいて祈っていただくために人々が子どもを連れて来た時、イエスの弟子たちは彼らを叱りました。しかし、イエスさまは「子供たちを来させなさい。わたしの所に来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである。」と言われました。「イエスさまはいつもいっしょ。」これはお父さんお母さんにとっても子供たちにとっても一番うれしくて幸せなことではないでしょうか。