タイトル: 「ヨセフが売り飛ばされたのはどこの隊商?」 静岡県 S・Yさん
いかがお過ごしでいらっしゃいますか。キリスト改革派教会提供あすへの窓。水曜日のこの時間はBOX190、ラジオを聴いてくださるあなたから寄せられたご質問にお答えするコーナーです。お相手はキリスト改革派教会牧師の山下正雄です。どうぞよろしくお願いします。
それでは早速きょうのご質問を取り上げたいと思います。今週は静岡県にお住まいのS・Yさん、男性の方からのご質問です。お便りをご紹介します。
「山下先生、はじめまして。インターネットであちこち探しているうちに偶然ここのサイトを見つけました。それ以来、先生の放送を聞いたり、原稿を読ませていただいたりしています。
さて、きょうは質問があってメールしてみました。くだらないことかもしれませんが、聖書を読んでいて、『おや』っと思ったことがあったのです。それは創世記にあるヨセフの物語です。ヨセフは兄弟たちによって穴に投げ込まれてしまったとあります。そして、そのあと兄のユダの提案でヨセフは通りかかったイシュマエルの隊商に売られることになります。ところが、先を読むとミデヤンの商人がたまたま通りかかります。それで、彼らはヨセフを銀20枚で売ってしまいます。しかし売った先はミデヤンの商人ではなくイシュマエル人だと書かれています。ところが、さらに先を読むと買い取ったヨセフをエジプトでパロの侍従長ポティファルに売ったのはミデヤン人だと記されます。
いったい、ヨセフを銀20枚で最初に買い取ったのはイシュマエル人なのでしょうか、とれともミデヤン人なのでしょうか。読んでいて訳がわからなくなってしまいました。どうでもよいことかもしれませんが、よろしくお願いします。」
S・Yさん、メールありがとうございました。実はわたしも聖書を読み始めた頃、同じところを読んでいて、頭が混乱したのを覚えています。S・Yさんがおっしゃっているのは創世記の37章に記されているお話ですね。そして、S・Yさんの言葉遣いから察すると、S・Yさんが読んでいらっしゃるのは新改訳聖書ではないかと思いました。言葉遣いは少し違いますが、口語訳聖書もほとんど同じ事が記されています。同じ聖書なのですから、同じ事が書いてあるのは当たり前だと思われるかもしれません。ところが、新共同訳聖書でこの部分を読んでいらっしゃる方には、S・Yさんがどうして、そんな疑問を持たれたのか、チンプンカンプンではないかと思います。実は、新改訳聖書や口語訳聖書の翻訳では話が混乱してしまうのです。
先ず口語訳聖書を読んでみると、問題の個所、創世記の37章28節にはこう記されています。
「時にミデアンびとの商人たちが通りかかったので、彼らはヨセフを穴から引き上げ、銀二十シケルでヨセフをイシマエルびとに売った」
ここでヨセフをイシュマエル人に売った「彼ら」というのは、前後の関係から最も素直に考えれば、ヨセフの兄弟たちです。そうすると、その直前にでてくる「時にミデアンびとの商人たちが通りかかったので」という文章の意味が少しあいまいになってしまいます。「たまたまミデアン人が通りかかったので、イシュマエル人に売るのをやめて、ミデアン人に売った」というのなら話はわかります。しかしそうではなく、ミデアン人が通りかかったのでイシュマエル人に売ったというのです。ミデアン人とイシュマエル人にセリにかけてヨセフを高く売ったということなのでしょうか。それならば納得が行きます。
けれども、36節を読むと「かのミデアンびとらはエジプトでパロの役人、侍衛長ポテパルにヨセフを売った」とあるのですから、結局ヨセフを買ったのはミデアン人の方なのかと、わけがわからなくなってきます。
では同じ個所をS・Yさんと同じ新改訳聖書で読んでみたらどうでしょうか。まず創世記37章38節にはこう書かれています。
「そのとき、ミデヤン人の商人が通りかかった。それで彼らはヨセフを穴から引き上げ、ヨセフを銀二十枚でイシュマエル人に売った。イシュマエル人はヨセフをエジプトへ連れて行った。」
この文章の中に出てくる、ヨセフをイシュマエル人に売った「彼ら」が誰なのか、二通りの理解が出来ます。一つは口語訳と同じようにヨセフの兄弟たちがヨセフをイシュマエル人に売ったと理解することが出来ます。
もう一つの理解は、ヨセフをイシュマエル人に最初に売った「彼ら」というのが、通りかかったミデアンの商人であると考えることもできます。口語訳聖書の翻訳ではそう理解することは不可能でしたが、新改訳ではそう読めなくもありません。しかし、どちらにしてもやはり36節のところで、結局はエジプトにヨセフを連れてくるのはミディアン人であるといわれるのですから、混乱は避けられません。
そこで、新共同訳聖書では、また全然違った翻訳になっています。まず、創世記37章28節はこう訳されています。
「ところが、その間にミディアン人の商人たちが通りかかって、ヨセフを穴から引き上げ、銀二十枚でイシュマエル人に売ったので、彼らはヨセフをエジプトに連れて行ってしまった。」
この文章の理解は一つしかありません。つまり、ユダがヨセフをイシュマエル人の隊商に売り飛ばそうと提案している間に、ミディアン人が穴に落ちたヨセフを見つけて、一足先にイシュマエル人に売ってしまったというのです。
では、その先の36節はどう訳しているのでしょうか。「メダンの人たちがエジプトへ売ったヨセフ」となっています。イシュマエル人でもなくミディアン人でもない、「メダンの人たち」という人たちがヨセフをエジプトに売ったことになっています。確かにヘブライ語の本文では28節に出てくる「ミディアン人」と36節に出てくる「ミディアン人」あるいは「メダンの人たち」というのは微妙にスペルが違っています。ふつうは新改訳や口語訳の聖書の理解のように、この二つはスペルは違っていても同じ人たちをさすと考えられています。けれども、新共同訳は、あえてこの二つを訳し分けているのです。それで、新共同訳聖書を読むかぎりでは、他の二つの翻訳と比べて混乱する度合いが少ないといえるかもしれません。あえていえば、銀20枚でヨセフを買ったイシュマエル人と最終的にヨセフをエジプトに売ったメダンに人たちの関係が新共同訳でもいはっきりとは分かりません。メダンの人たちがイシュマエル人からヨセフを買い取ったのか、それとも、イシュマエル人は結局のところメダンの人たちであったのか、そのどちらかでしょう。
ちなみに、士師記の8章24節には、ギデオンの敵であったミディアン人はイシュマエル人であると記される下りがあります。もしそうであるとすれば、ミディアン人とイシュマエル人は時として厳密に区別されなかったのかもしれません。両者が同じであると考えれば、新改訳聖書も口語訳聖書も少しも混乱なく読むことができるのではないでしょうか。
S・Yさん、いかがでしたか。少し込み入った話でしたが、どうぞいくつかの翻訳聖書を読み比べて見てください。
Copyright (C) 2005 RCJ Media Ministry All Rights Reserved.