いかがお過ごしですか。三川栄二です。
子供がまだ小さかった頃は、自家用車がなかったので、家族で出掛けるとなると大変でした。子供というのは現金なもので、行きは元気で、早く早くと親をせかしますが、帰りは疲れて寝てしまい、おんぶかだっこをねだられるはめになります。こちらも疲れているのに、荷物を持ちながら、重くなった子供をだっこして帰る、それは大変なものでした。
聖書には、疲れて歩けなくなった子を背負って歩く親のことが記されます。
「荒れ野でも、あなたたちがこの所に来るまでたどった旅の間中も、あなたの神、主が父が子を背負うように、あなたを背負ってくださった」。申命記1章31節です。
疲れて眠くて、ぐずる幼な子を父が背負うように、もう歩けないと駄々をこねて泣く子をおんぶするように、神様はわたしたちを背負い、担ってくださるというのです。わたしたちには、疲れ果ててもう一歩も歩けなくなることがあります。悲しみや問題にくず折れて、立ち上がれない時もあります。まさにそのような時、しかし神様は父が子を背負うようにわたしたちを背負い、担ってくださるのです。うずくまって倒れ伏す弱り果ててうずくまる時も、もはや一歩も歩き続けることができない、そんな時にも神様はわたしたちを背負ってくださるのです。今日も、その神様の背に背負われて、歩み始めていきましょう。