ごきげんいかがでしょうか。江古田教会の風間義信です。
かつて自分がなくなった時、回りの者たちの手によって次のようにお墓の石に刻み込まれた人がいました。「自分よりすぐれた者を自分のまわりに置いた者、ここに眠る」
いかがでしょうか。これは本当にそのとおりに生きたことを回りがよく分かっていたからでしょう。回りの人たちにそのように認められることは素晴らしいことですが、自分でそのことを認めることは非常に大変なことではないでしょうか。なぜなら、まず他の人を自分よりもすぐれていると認めることが難しいものです。こちらの方が上ではないかとたちまちプライドが出てきます。さらに、認めるだけでも大変な人を自分の回りに置くというのはもっと壁があるのではないでしょうか。その優れた人にこちらが馬鹿にされてしまうのではないかと心配してしまいます。
でもそうではありません。本当に確かな人は、それぞれの優れたとことをしっかりと認め、自分が出来ないからこそ助けていただこう、教えていただこうと積極的に動こうとします。そこで聖書は「持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」(マタイ13:12)と言っています。
ちょうど水が高い所から低い所へと流れるように、こちらが低ければ低いほど勢いよく、大量に流れてくるものです。あなたのところにもあなたを生かすたくさんのものが流れてくることを願っています。