BOX190 2004年6月2日放送     BOX190宛のメールはこちらのフォームから送信ください

山下 正雄 (ラジオ牧師)

山下 正雄 (ラジオ牧師)

タイトル: 「なぜ祈祷会は水曜日に?」  E・Mさん

 いかがお過ごしでいらっしゃいますか。キリスト改革派教会提供あすへの窓。水曜日のこの時間はBOX190、ラジオをお聴きのあなたから寄せられたご質問にお答えするコーナーです。お相手はキリスト改革派教会牧師の山下正雄です。どうぞよろしくお願いします。

 それでは早速きょうのご質問を取り上げたいと思います。今週はE・Mさん、男性の方からのご質問です。携帯からのメールでいただきました。お便りをご紹介します。

 「山下先生、こんにちは。短い質問ですが、なぜ祈祷会は水曜日なのですか?」

 と言うことなんですが、E・Mさん、メールありがとうございました。携帯電話からのメールですのでとても短い質問ですが、しかし、調べていくうちに、色々な意味で興味深い質問だと思いました。E・Mさんがどうしてこの疑問を抱かれたのか分かりませんので、E・Mさんの期待しているような答えにはならないかもしれません。また、正直のところ、まだまだわたしにもわからないことだらけで、いろいろ調べてみた経過報告という形でしかお話することが出来ません。そのことをあらかじめお断りしておきます。

 さて、ご質問には「なぜ祈祷会は水曜日なのですか?」とありました。この放送をきいていらっしゃる方の中には水曜日にではなく、木曜日に祈祷会を持っている教会の方もいらっしゃることと思います。あるいは、毎朝、「早天祈祷会」と呼ばれる集会を持っている教会の方もおられるかもしれません。あるいは平日にはそのような集会はいっさいなく、日曜日の礼拝の前や後に、祈祷会を持っているという教会もあるかもしれません。
 ちなみにわたしが所属している教派の教会を見回してみると、ほとんどの教会では水曜日の夜に祈祷会がもたれています。しかし、同じ教派の教会でも、高知県にある教会では木曜日の夜に祈祷会を持っているところがほとんどです。
 こうして日本の教会だけを見渡しただけでも、質問の前提が崩れてしまいます。つまり「なぜ水曜日なのですか」と尋ねられても、そうではない教会もいっぱいあるわけですから、祈祷会は別に水曜日と決まっているわけでもありません。
 しかし、それだけの答えではきっとE・Mさんは満足してくださらないだろうと思います。たしかに、すべての教会が水曜日に祈祷会を守っているわけではありませんが、多くの教会で水曜日の祈祷会が守られているのも事実です。どうしてそうなのか、という疑問はやはり抱かれることだと思います。
 この疑問に答えるためには、もちろん、新約時代の教会はどうだったのかと言うことを調べてみる必要があります。ただ、調べえるまでもなく、わたしが記憶している限りでも、水曜日という曜日に関する言及はどこにもないだろうという予想はつきます。
 しかし、曜日の問題は別として、初代教会の人々の祈りの生活がどんなものであったのか、このことについては調べてみる価値があるような気がします。

 ==放送では、ここで1曲==

 きょうは教会で持たれる祈祷会、祈りの会について取り上げています。

 E・Mさんのご質問は祈祷会の持たれる曜日に関するご質問ですが、まずは初代教会の祈りの生活に関して見ておきたいと思います。もちろん、旧約聖書にも新約聖書にも、祈りに満ちた信仰深い人の話はたくさん出てきます。そういう意味で、祈りというものが個人の生活に深く入り込んでいたと言うことは聖書を一読すればすぐに理解できることだと思います。しかし、個人の祈りの生活のことは別として、いわゆる祈祷会のように、一つのところに集まってみんなが祈るということが、教会の中でどのようにおこなわれていたのか、ということを見てみたいと思います。
 まず、すぐに思い浮かぶのが、復活のイエス・キリストが天に昇られたあと、地上に残された弟子たちがエルサレムにある家の二階の広間で共に祈っていたという事実です(使徒1:14)。この個所は文脈から推測すれば、安息日の出来事ですが、集まって祈っていたのは、その日だけと言うことでもなさそうです。同じ使徒言行録は初代教会の様子を記して「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」(2:42)と語っています。「祈ることに熱心であった」と言うのは、個人の生活の場面のことではないでしょう。
 また、ペトロが捕らえられて牢に入れられたときも、「教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた」と使徒言行録は記します(12:5)。ただ、この祈りの会が、ペトロのための特別な祈りの集会だったのか、それとも、普段から集まっている定例の集会の中で、ペトロのために祈ったのか、その辺のところは定かではありません。それでも、使徒言行録の記述から受ける印象は、初代教会の人々は安息日や主の日ばかりではなく、機会あるごとに集まって祈る集団であったと言うことです。
 もちろん、この初代教会の姿と今日の教会が平日の夜に祈祷会を持つことが直接に関係しているとは思いませんが、しかし、少なくともこうした初代教会の姿が模範になっていることは否めないだろうと思います。

 さて、もう少し日本の教会に直接影響を与えたアメリカの教会のことを見てみたいと思います。明治時代になるほんの少し前、アメリカのプロテスタント教会から宣教師たちが日本へ派遣されてきます。その当時のアメリカはそれまでにも何度かのリバイバルの波が訪れ、海外宣教にも非常な情熱が注がれた時代でした。このリバイバル運動の歴史を見てみると、必ずそこには祈りの集いが盛んに催されていました。そういう意味で、日本の教会の祈祷会に直接の影響を与えたのは、こうしたリバイバルの熱に動かされた宣教師たちの祈りの習慣であったのではないかと思います。
 ちなみに、日本にやってきた宣教師たちは年の初めに初週祈祷会というものを持っていましたが、日本の教会の始まりは、その習慣を真似たバラ塾門下生の日本人たちの初週祈祷会から起ったといわれています。この日本人による初週祈祷会は何週間にも及び、ついには日本で初めてのプロテスタント教会が誕生するようになりました。
 ところで、その宣教師たちを遣わした当時のアメリカの教会が何曜日に祈祷会を持っていたのかは、その当時の週報を調べればすぐに分かることですが、残念ながら、今回は調べることは出来ませんでした。ただ、丁度同じ時代、1870年にアメリカの北長老教会の牧師が書いた『祈祷会、その歴史』という本を読むと、水曜日の祈祷会のことが何度か言及されていますから、やはり、アメリカの教会の影響が大きいのではないかと思います。
 いずれにしても日本のプロテスタント教会が、祈りの中から生まれたということを思うと、アメリカ人宣教師がもたらした祈祷会の伝統の大切さを考えさせられます。

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