いかがお過ごしでしょうか。東京教会の今井献です。
マルコによる福音書の15章21節以下に、イエス・キリストが十字架につけられる場面が描かれています。
十字架につけるため、ローマの兵隊がイエス様を外に引き出しました。しかし、疲労と度重なる拷問のために弱ってしまっていました。自分の十字架を背負って処刑場まで行かねばならないことになっていましたが、その力も残っていなかったようです。
そこで兵隊たちは、通りがかりの男を捕まえ、無理にイエスの十字架を担がせました。その男の名は、「アリクサンドロとルフォスの父でシモンというキレネ人」であったと、その素性を詳しく聖書は書いています。
詳しく名前が記されているのは、このシモンも、またその子供であるアリクサンドロとルフォスもクリスチャンになったからだ。そう教会は考えてきました。
そんなの都合がよすぎる、作り話ではないか。そう考える方もおられるかもしれません。
けれども、もっと不思議なことが起りました。それは、イエスを処刑したエルサレムの町の住民から、世界最初の教会が始まったことです。
教会は、イエスの処刑後、約50日たったエルサレムにおいて始まりました。イエスを十字架につけ、処刑されるイエスをその目で見たエルサレムの町で、一度に三千人以上がイエスを救い主と信じ、洗礼を受けたと聖書は書いています。教会はエルサレムから世界に広がっていきました。イエスを殺した町と、住民でさえ信じてしまう。それが救い主イエス・キリストです。