月刊誌リジョイス 聖書日課 2021年5月14日(金)

ヨブ19章 この身をもってわたしは神を仰ぎ見る

  

わたしは知っている
わたしを贖う方は生きておられ
ついには塵の上に立たれるであろう。
この皮膚が損なわれようとも
この身をもって
わたしは神を仰ぎ見るであろう。(ヨブ19:25-26)

 ビルダドの言葉にヨブは激しい言葉をもって応答します。親戚、友人、そして僕にすら見捨てられ、見下されているヨブの姿が続きます。今まで友であった者も神と一緒になってわたしを追い詰めるのかと、ヨブは訴えています。

 しかし、その中でヨブは神を仰ぎ見ようとします。どのような苦しさの中にあっても、たとえ神を呪うような言葉を言い続けたとしても、ヨブは神を仰ぎ見ることを忘れていません。ヨブは必死に神を探し求めていたのです。何故、神を畏れる者にこのような苦しみが与えられるのか。「わたしの名誉を奪い、頭から冠を取り去られた」のは神ご自身なのだと訴えて、ヨブは神を仰ぎ見ます。

 ヨブは言います。「わたしは知っている、わたしを贖う方は生きておられ」る。ヨブが待ち望むのは、私たちを罪と苦しみから贖い出す神です。この神を仰ぎ見る信仰によってヨブは生かされました。

 主イエスは、「わたしを信じる者は、死んでも生きる」と言われました(ヨハ11章25節)。私たちには、この希望の光、大きな慰めが与えられて、苦しみの中でも神を仰ぎ見て歩むのです。

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