月刊誌リジョイス 聖書日課 2020年11月18日(水)

ゼカリヤ4章 御目を向けてくださる主

  

「誰が初めのささやかな日をさげすむのか。
ゼルバベルの手にある選び抜かれた石を見て
喜び祝うべきである。
その七つのものは、地上をくまなく見回る主の御目である。」(ゼカリヤ4:10)

 私たちの幸いは何でしょう。それは、私たちの暮らしを「瞳のように」(詩17編8節)守っておられるお方が共におられるということではないでしょうか。

 主はこの章で私たちに、不思議な幻を示されます。その幻は、1本の燭台の上部から、七つに枝分かれした管がスルスルスルと伸び、その先に「ともし火皿」が付けられているというものです。まるで主が、いつもどんな時にも私たちにともし火皿という御顔を向け、瞳のように御目を向けているかのようです。

 私たちは、時に様々な苦難や耐え難い痛み、あるいは先の見えない不安の只中に置かれます。この時、民たちも、捕囚から帰還した後、同様の苦難や不安の中に置かれていました。しかし主は、信仰者たちがどのような境遇の中に置かれても御顔を向け、瞳のように御目を向けてくださいます。

 主は信仰者たちがどのような苦難の中に置かれても御顔を向け、瞳のように御目を向けてくださるのです。そして、主は必ず必要な助けをお与えになるのです。

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