月刊誌リジョイス 聖書日課 2015年12月14日(月)

イザヤ57章 打ち砕かれた心の支え

高く、あがめられて、永遠にいまし
その名を聖と唱えられる方がこう言われる。
わたしは、高く、聖なる所に住み
打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり
へりくだる霊の人に命を得させ
打ち砕かれた心の人に命を得させる。(イザヤ57:15)

 バビロン捕囚は、イスラエルの民にとって未曽有の試練でした。試練と苦難の中で、人々の信仰も篩われ、試されます。あれほどの悲惨を経験しても、イスラエルの心は神を畏れることから遠いままです。神に立ち帰り遜る道は、神が憐れみの霊を贈ってくださるときにのみ開かれます。

 「高く、あがめられて、永遠にいまし、その名を聖と唱えられる方」。神の名乗りは圧倒的な威力をもっています。かつてイザヤを圧倒し、彼を預言者として召し出した神の、聖にして偉大な本質が、ここでも明らかにされます。人間の小賢しい知恵で、神の聖なる名を侮り欺くことが、どれほど空疎な企てであるか。神の聖なる威力は、高慢な人間を打ち砕き、「へりくだる霊の人」に造り変えます。ここに苦難の時の希望があり、困窮の時の慰めがあります。

 高く聖なる神が、「へりくだる霊の人」と共にあり、神の高さが、同時に神の低さでもあるというのがイザヤ書を貫く神の臨在です。「打ち砕く」とは、原型を留めないことです。そこまで砕かれた人は、歴史上、ただお一人です。神は独り子イエスにその道を歩ませてくださいます。

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