月刊誌リジョイス 聖書日課 2009年7月22日(水)

創世記44章 まことのリーダーシップ

「何とぞ、この子の代わりに、この僕を御主君の奴隷としてここに残し、この子はほかの兄弟たちと一緒に帰らせてください。この子を一緒に連れずに、どうしてわたしは父のもとへ帰ることができましょう。父に襲いかかる苦悶を見るに忍びません。」(創世記44:33-34)

 ヨセフの計略により、ベニヤミンが「銀の杯」を盗んだ犯人とみなされ、ヨセフのもとに奴隷とされようとしたときのことです。ユダが、体を張って父との約束を守り、ベニヤミンの身代わりに自分が奴隷になると申し出ました。

 父との約束を体を張って、命をかけて守ろうとする。このユダが、兄弟たちの中でも特別の役割を果たします。後に、ヤコブはこのユダから救い主が誕生するとの預言的遺言を残しますし、このユダからダビデが生まれ、ダビデの子孫として、救い主イエス・キリストがお生まれになります。

 損をしてでも自分の約束は体を張って守る。このことは、指導者(リーダー)として大切な条件です。ヨセフが兄弟たちに殺されそうになった時も、奴隷として売ることをユダが提案し、この提案が最終的に受け入れられました。それが最善の提案だったかどうかはさておき、ユダはその時から兄弟たちの中で、あるリーダーシップを発揮していました。

 たとえ損失をこうむっても、自分の言動には責任を持つ。その事の大切さをユダの言動は物語っています。

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