月刊誌リジョイス 聖書日課 2009年2月11日(水)

コヘレト9章 死にも打ち勝つ信仰

生きているものは、少なくとも知っている自分はやがて死ぬ、ということを。しかし、死者はもう何ひとつ知らない。彼らはもう報いを受けることもなく彼らの名は忘れられる。(コヘレト9:5)

 コヘレトは、生きている今を大切にせよ、という知恵と励ましを、私たちに語りかけます。空しさを知る人だからこそ、生きているという事実を、前向きに活動的に受け止めるよう、私たちを招いています。

 けれども、生きることは、かずかずの困難との真剣勝負です。人々は、ひたすら「存在している実感」を味わえるような生き方を求めています。「能力が埋もれたままの人生は空しく、つまらない……」と。これは、すでにコヘレトが試みた生き方です。

 こうした人生に、コヘレトは重大な疑問符を突きつけています。「人生は死をもって閉じられる」と。死の圧倒的な力と脅威の前では、あらゆる人間の営みは色あせ、どんな業績も空虚な残骸に見えてしまいます。自己実現の人生も、死の重たい現実の前では、底の浅い人生観です。

 この強力な「ピリオド(終止符)」に抵抗する道はあるでしょうか。コヘレトには、その解決の道は見えませんでした。しかし、私たちには見えています。キリストの復活は、この強力なピリオドを、希望のある「コンマ(読点)」に変えたのです。

コントローラ

Copyright (C) 2009 RCJ Media Ministry All Rights Reserved.