いかがお過ごしですか。草加松原教会の千ヶ崎基です。
朝、目覚めて、「今日は嫌だなぁ」と思いながら起き上がるという経験、したことありませんか。難しい仕事が控えている。誰かと喧嘩していて気まずくなっている。そんな時に、「今日という日が来なければ良いのになぁ」と思う。しかし、良く考えてみますと、そういう気持ちで一日を歩み出すというのは非常にもったいない気もいたします。
イエス様は次のように語っています。「5羽の雀が2アサリオンで売られているではないか。だが、その1羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」。雀というのはとても小さな鳥です。しかしイエス様は、この小さな雀の事を神様は忘れないんだと言われるのです。
さらにイエス様は「あなたがたの髪の毛までも1本残らず数えられている」とも語っておられます。髪の毛が全部数えられているということは、ありとあらゆる所にまで神様の眼差しが行き届いているということです。
私たちを決して忘れない愛の神様の御手の中に、「今日」という日は備えられています。仕事をしていても、食事をしていても、友達と話していても、夜寝ていても、そこに私たちを愛して下さる神様の眼差しが注がれ、そして支えられているのです。私たちが目覚めたとき、その目の前に広がっている「今日」という一日はそういう一日なのです。この約束の言葉をしっかりと握りしめながら、新しい一日を歩んでいきましょう。