2005年1月23日(日)瞳のように(詩編17:8)
おはようございます。ラジオ牧師の山下正雄です。
今朝は旧約聖書詩編の第17編の言葉です。
「瞳のようにわたしを守り あなたの翼の陰に隠してください。」
瞳と言うのは、体の中でも大切な部分の一つです。そこを通して光を感じ、ものを見ることができるからです。しかし、瞳と言うのは体の中で決して強い器官ではありません。自分で自分を守れるほど強くはないので、いつも目蓋によって守られています。
この詩編の作者は自分を瞳にたとえ、瞳のように自分を守って欲しいと神に祈っています。自分が大切な存在だからというよりも、むしろ自分ではどうすることもできない自分の弱さを自覚しているからです。貪欲な敵が、待ち伏せるライオンのように自分の回りを取り囲んでいます。この強い敵の前には自分の力ではどうすることもできないのです。
ただこの詩編の作者にできることは、自分の身の潔白さを神に訴え、瞳のように弱い自分を守ってほしいと願うことだけです。この詩編の作者は、自分の力を決して過信しません。ただ神によって自分が保護されることを願っています。
神を信じて生きると言うことは、このように神にすべてを委ねて生きることなのです。自分を瞳のような存在と自覚して、神の保護を信じて生きるときに、揺るがない平安が与えられるのです。
それではきょうもあなたの上に主の平安が豊かにありますように。