2010年6月8日(火)慰めの日々−「病みつつ 祈りつつ」−
以前、私たち人間は、病むことや悩むことによって自分の感性が磨かれていくものだということを聞きました。確かにそうです。私たちは、病むことで気づかなかったことが山ほど見えてくるという体験をします。時々ご紹介する河野進さんの詩集の中にも「病まなければ」という詩があります。あるリスナーの女性は、この詩が心から離れずお手紙をくださいました。ちょっとご紹介しましょう。
「病まなければ」(「カナの婚宴のぶどう酒」聖恵会出版部より)
病まなければ捧げ得ない悔い改めの祈りがあり
病まなければ聞き得ない救いのみ言葉があり
病まなければ負い得ない恵みの十字架があり
病まなければ信じ得ないいやしの奇跡があり
病まなければ受け得ないいたわりの愛があり
病まなければ近づき得ない清い聖壇があり
病まなければ仰ぎ得ない輝く御顔がある
おお 病まなければ人間でさえありえなかった
いかがでしょうか?私はクリスチャンになって出会う方々の中にこの詩の真実をいつも見るような思いを持ちます。そして、そこから必ず恵みの御手がさし伸ばされ導かれていくのです。リスナーの方々からいただくメールの中には、本当に長年辛い思いをされている方々がおられます。
心を動かす一冊の本と出合いました。「病みつつ祈りつつ−病む友へ−」という本です。著者は ホワード・D・ヴァンダーウエル牧師。訳者は、金田幸男牧師(甲子園教会)です。来週は、この本の中からのメッセージをお届けしたいと願っています。まえがきの言葉を最後にご紹介します。
「本書は、神が癒しを与えられるだけではなく、暗く、先が見えない道をいくとき、私たちを支えてやまない「神の約束の立証」という、神の力への深い洞察を示してくれます。」
来週も続けて聴いてくださいね。 くまだなみこ